特集・コラム

映画のとびら

2019年8月9日

ダンス ウィズ ミー|新作映画情報「映画のとびら」#021

#021
ダンス ウィズ ミー
2019年8月16日公開


(C)2019「ダンスウィズミー」製作委員会
レビュー
矢口演出が輝く安心印のミュージカル・コメディー

 『ウォーターボーイズ』(2001)、『スウィングガールズ』(2004)のヒットメーカー、矢口史靖監督によるミュージカル仕立ての喜劇。催眠術にかかり、「音楽を耳にすると体が勝手にミュージカルを始めてしまう状態」になったOL(三吉彩花)の、およそ一週間にわたるドタバタ道中を描いている。

 主人公・鈴木静香(三吉)が催眠術にかかるきっかけは、姪っ子と遊園地「フォーチュンランド」へ出かけていったこと。園内の隅で催眠術師・マーチン上田(宝田明)の怪しげな催眠ショー「なりたい自分になれる催眠」をボンヤリ眺めていたら、姪っ子にはかからなかった催眠が自分にかかってしまう。マーチン上田はこうつぶやいていた。「音楽が聞こえると歌わずにいられない。踊らずにいられない」。静香が催眠状態にあることを自覚したのは、翌日、会社のプレゼン会議で知らぬ間に音楽に合わせて踊りまくったとき。慌てた静香はメンタルクリニックに駆け込んだりもするが、やはりマーチン上田に催眠を解いてもらう以外、事態の収束は見えない。催眠ショーのサクラをやっていた斎藤千絵(やしろ優)や探偵・渡辺義雄(ムロツヨシ)に助力を求めつつ、静香は地方巡業へと繰り出しているマーチン上田の後を追うのだった。

 ミュージカル場面を突発性の病のように描いているあたりが、まず新味。音楽に反応して動いてしまう体は、どうも本人の思考と切り離されているわけではなく、主人公は踊り終わって初めて我に返る。つまり、踊っている間は一種の脳内現実=「妄想世界」の中に主人公の意識があり、映画ではその妄想をそのまま「巷の華麗なミュージカル・シーン」のように映像化して見せるという仕掛けがとられた。妄想の中で激しく踊れば踊るほど、現実世界ではあまたの物が壊れ、迷惑を被った人間が続出する。我に返った後、とっちらかった現場の「惨状」を見て仰天するヒロインのあり方が鮮やかなほどコミカルに映えた。

 演出的には序盤、催眠状態にあるとは知らず、主人公がいつの間にか「あらがえぬ妄想世界」に入っていくまでの流れが、とりわけお見事。朝、自宅でうっかり音楽を耳にした静香は無自覚で軽やかに体を弾ませ、流れるように会社へ入っていく。その現実と妄想の狭間にあるかのような表現を経て、ついにプレゼン会議で最初の大ミュージカルが勃発。歌い、踊りまくるのは見ていて楽しい。でも、それがいかに現実的にヤバイ状況かが無理なく観客に届くように設計されている。矢口史靖、快調。

 後半、マーチン上田を追いかけての地方行脚の数々は、そんな主人公の「体質」を逆手にとって窮地脱出を描く場面も登場。深刻な事態に展開しても笑いは消えない。消さない。

 催眠状態への転落、底辺からの回復をめぐっても、単なるトラブル劇に終わらせず、ヒロインの幼少期の学芸会でのトラウマや、現在の社会人生活への自省を精神面に絡めるなど、堅実に伏線回収を果たす。もちろん、ラストは大団円。あらゆる方向の年齢層に訴えかける仕上がりで、最後まで安心して楽しめる。

 主演をオーディションで勝ち取った三吉彩花は手足がスラリと長く、眼福ともいえるほどのミュージカル映え。とはいえ、それが艶やかな色気に発展することなく、健康的なそれに終始しているあたり、これまた矢口流の喜劇采配。やしろ優とのバディーぶりにも王道の凸凹喜劇感が垣間見えて、ただただ明朗闊達。

 静香の上司・村上涼介(三浦貴大)が駐車場の自家用車内で電話をかけている。その向こうで、ミュージカル状態真っ盛りにある静香がレストランの宙を回転して舞う引き画のショット。窓に映る彼女の影、あからさまに人形である。そういうくだらない「オモチャ・トリック」が隙を突いて飛び出す瞬間に、古くから続く矢口喜劇の伝統を嗅ぎ取り、大笑いを余儀なくされる熱心な映画ファンも、きっと少なくあるまい。

原題:ダンス ウィズ ミー / 製作年:2019年 / 製作国:日本 / 上映時間:103分 / 配給:ワーナー・ブラザース映画 / 原作・監督・脚本:矢口史靖 / 出演:三吉彩花、やしろ優、chay、三浦貴大、ムロツヨシ、宝田明
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タイトル WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~
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上映時間 116分
監督・脚本 矢口史靖
出演 染谷将太、長澤まさみ、伊藤英明、優香、光石研、西田尚美、マキタスポーツ、有福正志、近藤芳正、柄本明

矢口史靖監督作品を見よう!

 矢口作品における音楽と映像の弾むような融合を思うなら、『ウォーターボーイズ』(2001)と『スウィングガールズ』(2004)の予習復習は欠かせないところ。それぞれの主演俳優・妻夫木聡と上野樹里はここから人気俳優の道を歩み始めた。脇にも、玉木宏、貫地谷しほりら、頼もしい顔ぶれがそろう。

 明るい健康路線ということでは、綾瀬はるか主演『ハッピーフライト』(2008)、五十嵐信次郎(ミッキー・カーティス)&吉高由里子共演の『ロボジー』(2001)、そして染谷将太主演の林業喜劇『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』(2014)などが、いつ見ても温もり豊かな仕上がり。電気消滅の危機的状況を描く『サバイバルファミリー』(2017)でも、笑いで日本の将来をつないだ。

 オモチャ感を盛り込んだ作品としては『ひみつの花園』(1997)が忘れられない。車が転落、爆発する場面でのミニチュア撮影には、やはり怒濤の「あからさま感」がにじんで、爆笑すること必至。『アドレナリン・ドライブ』(1999)の漫画ちっくな展開も、もちろん捨てがたい。

 ちょっと毒気のある作品が見たいという向きには矢口の長編デビュー作『裸足のピクニック』(1993)を推しておきたい。不幸の崖を転落していく女性主人公の姿に、あなたはどこまで笑って耐えられる!? 隠れた傑作という意味では、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞した『雨女』(1990)が壮絶にオススメ。あの得体の知れない女性ふたりの物語は、ぜひ一度、体験していただきたいところだ。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。