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映画のとびら

2019年8月19日

鉄道運転士の花束|新作映画情報「映画のとびら」#022

#022
鉄道運転士の花束
2019年8月17日公開


©ZILLION FILM ©INTERFILM
レビュー
乾いたユーモアの彼方にセルビアの空気が感じられる

 セルビアのローカル鉄道を舞台に、鉄道運転士父子の姿を描く喜劇調ドラマ。ロマンティックな気分をいざなう邦題となっているが、その構えのまま接するには少々、独創味がまぶしすぎるだろうか。

 映画は、心理カウンセリングを受ける主人公の姿から始まる。その男、イリヤ・トドロヴィッチ(ラザル・リストフスキー)は、初老の鉄道運転士。操業中にワンボックスカーを轢いてしまい、車内にいたロマの楽士6人の命を奪ってしまったのだ。事故の惨状を克明に話すイリヤの表情に動揺はなく、むしろ報告を聞いているカウンセラーが吐き気を催すほど。イリヤは平然と語っていわく「父親と俺は53人の人間を殺した。祖父の分も加えると66人」。そう、列車は急には止まれない。主人公が起こしたような人身事故は運転士にとって「業務上の日常」であり、この土地では事故である以上、責任も発生しなかったのだ。

 題名の「花束」とは、事故を起こしたイリヤが事故死者の墓碑を訪ねて添える花のこと。彼にとって、そんな献花を繰り返すのが一人前の運転士の「あるべき姿」だったのかもしれない。

 そんな主人公には養子がいる。10歳のとき孤児院から請け出された彼、シーマは19歳となった現在、訓練学校を卒業し、養父同様、鉄道運転士になろうとしていた。当初、「俺の生きているうちはダメ」と反対していたイリヤだったが、シーマ(ペータル・コラッチ)の変わらぬ決意にほだされ、紆余曲折の末、マンツーマンで指導に当たる。もちろん、運転士に人身事故はつきもの。あるとき、若い先輩運転士が訓練中のシーマに冗談っぽくこぼした。「早く最初の事故が済むといいな。気が楽になるから」。その言葉を耳にして以来、シーマは運転中に「初体験」のときがいつ訪れるのか、気が気でなくなっていく。

 ある瞬間には「人を轢くんだから、強くならなきゃいかん」とも持論を語るイリヤは、実は25年前に列車事故で恋人を失っていた。その負い目ゆえに、時に息子の身を案じ、時に恋人の幻影と会話したりする。その意味では、題名ににじむ抒情的な気分も決して的外れではなく、ほんのり漂う幻想味も絶妙に切ない。もっとも、物語自体は簡潔に過ぎるほどで、たとえば親子をめぐるドラマに感動のひだを安易に期待するのは危険だろう。どちらかといえば、どこか朴訥とした語り口、そこににじむ乾いたユーモアを楽しむことが身上の作品であり、そもそも監督のミロシュ・ラドヴィッチが祖父をモデルにしての創作であった。17人もの轢死者を出したラドヴィッチの祖父は「チャンピオン」の呼び名を得た鉄道運転士だったのである。それを安手のメロドラマに陥らず、温もりと毒味のある喜劇へと昇華させた。さすがといっていい。

 イリヤを演じるラザル・リストフスキーはセルビア生まれのベテラン俳優。『パパは、出張中』(1985)や『アンダーグラウンド』(1995)などのエミール・クストリッツァ監督作品で知られる人だが、よほどのヨーロッパ映画通でなければ、その顔に馴染みはないだろう。同様に、彼を囲む共演陣も日本ではほぼ無名の顔ぶれである。シーマを演じるペータル・コラッチに至っては素顔が社会学を学ぶ学生とのことで、本職の俳優ではない。だからこそ、観客は何の偏見もなく、この独特の作風に正面から向き合うことができる。セルビアという国の空気も味わえる。払い下げの鉄道車両を住居にしている登場人物の生活描写も含め、諸事、かの地の景色が新鮮に映る作品なのであった。

 2019年8月17日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開
原題:Train Driver’s Bouquet / 製作年:2016年 / 製作国:セルビア、クロアチア / 上映時間:85分 / 配給:オンリー・ハーツ / 監督・脚本:ミロシュ・ラドヴィッチ / 出演:ラザル・リストフスキー、ミリャナ・カラノヴィッチ、ペータル・コラッチ
公式サイトはこちら
あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)2010「RAILWAYS」製作委員会
DRAMA
タイトル RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語
製作年 2010年
製作国 日本
上映時間 130分
監督・脚本 錦織良成
出演 中井貴一、高島礼子、本仮屋ユイカ、三浦貴大、奈良岡朋子

鉄道運転士の映画たち

 日本映画でいけば、近年は阿部秀司の音頭で動き出した『RAILWAYS』シリーズが鉄道運転士をめぐる映画作品として際立っているだろうか。第1作『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(2010)では、錦織良成監督、中井貴一主演で、島根県の一畑電車の運転士に転職する男の姿が描かれる。ローカル線の運転士にスポットを当てた同企画は、第2作『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(2011)で富山地方鉄道を舞台に選ぶ。こちらは、定年目前の運転士(三浦友和)と、夫の定年を機に看護師の仕事を再開したい妻(余貴美子)の絆を描くもの。いずれも男性目線のドラマとして注目を集めてきたが、吉田康弘の脚本・監督でまとめられた第3作では一転、女性運転士の誕生を描く物語が編まれた。その作品『かぞくいろ -RAILWAYS わたしたちの出発-』(2018)では、夫の死でシングルマザーとなった女性(有村架純)が夫の地元で親しまれる「肥薩おれんじ鉄道」で職を得ようとする。有村が実際に運転席に座っての操縦場面もあり、シリーズ中でもとりわけ見応えの大きい家族劇となった。

 往年の日本映画ファンには『父ちゃんのポーが聞える』(1971)なども思い出されるのではないか。小林桂樹演じる蒸気機関車の機関士と、難病に冒された娘(吉沢京子)の交流を描く実話もの。娘の悲痛な願いに号泣した向きも多いはず。速やかなDVD化を望みたいところだ。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


*『鉄道運転士の花束』は、TOHOシネマズ海老名、イオンシネマ、ユナイテッド・シネマでの上映はございません。(2019年8月19日現在)