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映画のとびら

2019年8月23日

引っ越し大名!|新作映画情報「映画のとびら」#023

#023
引っ越し大名!
2019年8月30日公開


©2019「引っ越し大名!」製作委員会
レビュー
ふれあいの温もりと笑いに包まれた歴史逸話

 『超高速!参勤交代』シリーズ(2014/2016)の脚本家・土橋章宏が実話をもとに著した小説『引っ越し大名三千里』(2016年発表)を原作者自身の脚色で映画化した松竹製コミカル時代劇。『ジョゼと虎と魚たち』(2003)、『眉山』(2007)、『のぼうの城』(2012)の犬童一心が監督を務めている。

 時に天和2年(西暦1682年)。徳川綱吉の治世で播磨姫路藩主となっていた松平直矩(及川光博)は、幕府から突然、豊後日田藩へ国替えを命じられる。どうやら、男色の気のある幕府側用人・柳沢吉保(向井理)を直矩が拒んだことに原因があった様子。しかも、国替えに当たり、藩の石高が15万石から7万石へと減俸されるとのこと。わずか数カ月の猶予しかない逼迫した状況も含め、当然、どの家臣も引っ越し担当の「貧乏くじ」は引きたくない。やがて御刀番・鷹村源右衛門(高橋一生)の推薦で、書庫番の片桐春之介(星野源)に白羽の矢が立てられる。書庫番とは、現代でいえば、図書館司書みたいなものか。日がな一日、軍学書を中心に、書庫にこもって本を読みふけっている片桐は、幼なじみの鷹村からは「かたつむり」と呼ばれるほどの変人で、日の光に当たるだけで目もくらむような日陰男。最低2万両は必要とされる国替えに対し、藩に蓄えられたお金はわずか3千両。2千人いる藩士のうち、数百人の人員整理も、もはややむなしの状況。参勤交代など目じゃないほどの難事業を前に、狼狽するばかりの片桐に打開策はあるのか!?

 松平直矩は生涯に7度の国替えを経験するという文字どおりの「引っ越し大名」であった。そんな直矩の40歳時、3度目の引っ越しを材に、突如「引っ越し奉行」を押しつけられた気のいい青年が主人公。だが、「雑学満載の本の虫が次から次へと問題を解決」のようなワンマン英雄譚ではない。仕事では使い物にならなかった書庫番は周囲の協力を得て、初めて難題を解決し、徐々に一人前になっていく。引っ越し完遂のプロセスもさることながら、主人公をめぐる温かい団結とふれあいが何よりもこの作品の身上。

 最初に事態の突破口を開くのは、元「引っ越し担当」板倉を父に持つバツイチ女性の於蘭(おらん/高畑充希)。実際には星野より10歳も年下だが、姉さん女房的な役に妙に無理がない。気丈な彼女と、女性と一度も交際したことがない片桐との恋模様がこれまた作中の見もの。

 片桐役の星野源は適役。主人公の純潔性、作品の喜劇味に対して、王道の配役。同様に、次席家老・藤原修蔵役の西村まさ彦、勘定奉行・佐島竜五郎役の正名僕蔵、勘定頭・中西監物役の濱田岳も続く。逆に、役どころとのギャップでいえば、高橋一生の鷹村役がその筆頭に挙がるだろう。頭より体で動くタイプの鷹村は、絵に描いたような豪傑。この役に高橋は低い声でがなり、激しい殺陣にも臨んで、悪人をバッタバッタと斬り倒す。ここに、恋愛映画御用達の塩顔優男のごとき影はない。本来なら、がたいのいいマッチョ系が似合いそうな役を高橋が演じることの意外性、面白みは、この映画ならではの醍醐味としていい。

 冷静に考えれば、かなり痛みの伴うお話を、犬童一心は優しい笑いで手堅く包む。裏切りが描かれても、リストラの過酷を見せても、殺伐とすることはない。万人に向けてほどよく噛み砕かれた人情譚として、最後まで気持ちよく楽しめる歴史逸話に仕上がった。

原題:引っ越し大名! / 製作年:2019年 / 製作国:日本 / 上映時間:120分 / 配給:松竹 / 監督:犬童一心 / 出演:星野源、高橋一生、高畑充希、小澤征悦、濱田岳、西村まさ彦、松重豊、及川光博
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)2014「超高速!参勤交代」製作委員会
時代劇COMEDY
タイトル 超高速!参勤交代
製作年 2014年
製作国 日本
上映時間 119分
監督 本木克英
出演 佐々木蔵之介、深田恭子、伊原剛志、寺脇康文、上地雄輔、知念侑李、柄本時生、六角精児、陣内孝則、市川猿之助、石橋蓮司

優しい笑いを届ける近年の松竹時代劇

 近年、松竹からは数々の秀作時代劇コメディーが放たれている。最近の成功例として記憶に新しいのは本木克英監督、佐々木蔵之介主演の『超高速!参勤交代』(2014)。江戸期大名の苦労を、笑いとチャンバラ満載で描き、ヒットを記録。続編『超高速!参勤交代リターンズ』(2016)も製作された。

 庶民喜劇のお膝元ならではの作品となれば、中村義洋監督、阿部サダヲ主演の『殿、利息でござる!』(2016)も捨て置けない。重税にあえぐ仙台藩の小村で、救済に立ち上がった商人たちの物語。藩にお金を貸し付け、その利息で村を救おうとした実在の人物たちの逸話は、とみに楽しく、感動的。

 同じ中村義洋が監督した『決算!忠臣蔵』(2019年11月22日公開)は、かの有名な赤穂浪士による吉良邸討ち入りの背景を、金銭面の実情で見つめた異色作。主君の仇討ちをめぐる「情」だけでなく、浪士たちの「懐事情」がいかに重要だったかを描いている。『殿、利息でござる!』同様、経済面の視点が新鮮。大石内蔵助役を堤真一、その幼なじみを岡村隆史が演じている。

 金銭的な面を描いた作品といえば、少々前に森田芳光監督、堺雅人主演の『武士の家計簿』(2010)もあった。こちらは代々加賀藩の御算用者を主人公にした実話の映画化。「そろばん侍」として生きた男とその家族の姿を優しくユーモラスに見つめている。

 武士の特殊技能に着目した作品では朝原雄三監督、上戸彩&高良健吾主演の『武士の献立』(2013)もある。こちらは、実在した加賀藩の料理方=「包丁侍」を描いた物語。料理が苦手な包丁侍の夫に、料理上手な妻が手ほどきしていく過程が心をなごませる。

 侍が料理をするということでは、最近の本木克英監督、松坂桃李主演の『居眠り磐音』(2019)も例に漏れない。江戸で牢人生活を送る主人公が、ウナギをさばいて日々の生活費に充てていたというほのぼの設定。ただし、こちら、作品自体は喜劇性からはちょっと遠い伝統的な本格派時代劇である。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。