特集・コラム

映画のとびら

2020年1月30日

淪落の人|映画のとびら #045【アンソニー・ウォン|インタビューあり】

#045
淪落の人
2020年2月1日公開


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インタビュー|アンソニー・ウォン
助けを待つのではなく、
助けを必要としている人を助けることが大切

撮影:池田エイシュン/ヘアメイク:木下久恵(Rouxda')

――本日はよろしくお願いします。

ウォン:コンニチワ(日本語で)! 私のことはアキと呼んでくれ(笑)。アキは僕の日本語ネームなんだ(編集注:アンソニー・ウォンは香港名が「黄秋生」で、その真ん中の文字を日本語読みで気軽に呼んでほしいという、彼ならではのジョーク)。

――映画『淪落の人』、とても美しい物語でした。

ウォン:ありがとう。そう言ってもらえると、うれしいよ。

――出演料を断ってまで出演されたということは、単にこの作品に出演したいというだけでなく、「出なければならない」というような強い使命感でもあったのでしょうか。

ウォン:その質問についてはふたつの問いがあると考えたい。ひとつは、なぜ私がこの映画に出演することになったかということ、もうひとつはなぜ出演料を拒否したかということ。まず監督(オリヴァー・チャン)は新人だったんだが、誠意のある人物だった。実際に話をしてみたら、彼女のことがとても好きになってね。物語も丁寧に書かれていて、商業映画が主流の香港映画界でこのような役柄は今まであまり見たことがなかった。私にとっては、とてもいいチャンスではないかとも思えたんだ。とはいえ、製作費が非常に少なく、政府の助成金も受けていた作品で、そこへ僕のような人間が「ギャラはこれだけでいいよ」というように、あまり少ない額面を提示するのも実はいろいろ問題があってね(笑)。だからといって「これくらい払ってくれ」と言っても、そんなお金がこの映画にあるわけがない。で、「いっそのことノーギャラでいいよ」と。もっとも、最終的には全くのノーギャラだったというわけではない。映画が当たったら、そこから分け前を多少もらう約束になっているんでね。当初は1週間くらいで興行が終わるような作品だろうと高をくくっていたんだ。それが、ここ日本でも公開されるし、ヨーロッパの観客もすごく好きだと言ってくれる。これはうれしい誤算だった。ただ、実を言うと、まだ(映画の製作会社から)配当金をもらっていないんだけど。どうなっているんだろう(笑)。

――お金、やっぱり欲しいですか。

ウォン:もちろん! お金がいらないなんて言う俳優、いるのかい(笑)?

――『八仙飯店之人肉饅頭』(1993)や『ザ・ミッション 非情の掟』(1999)、『インファナル・アフェア』(2002)など、古くからアンソニー・ウォン作品を知っている観客からすれば、あなたが車椅子に乗っているというだけでユニークな設定です。観客によっては、あなたがいきなり歩き出して銃を撃つんじゃないかと疑う人もいるのではないですか。

ウォン:いやいや、今、香港で銃を撃ったらマズイだろう。逮捕されちゃうよ(笑)!

――あなたが演じるリョン・チョンウィンは事故で半身不随の体。住み込み家政婦の香港人女性エヴリン(クリセル・コンサンジ)と意思の疎通を図ろうとして、英語を学ぼうとしますね。普段、英語を話すことができるあなたが、ヘタクソな英語を話すところがまたチャーミングに映ります。

ウォン:いやいや、多くの香港人もそうだし、私自身、そんなに英語はうまくないんだよ。映画の中で話している感じと同じ。あんなものさ(笑)。謙遜じゃない。子どものとき、演技の世界に入る前にいろんなことをやっていたことを思い出すね。そのほとんどが社会の底辺をさまようような仕事ばかりだった。もちろん、教育レベルなんて高くない。あそこにいた人間たちは、まさにチョンウィンのような英語を話していたんだよ。

――その意味でいうと、このチョンウィンという役はあなたから決して遠い役ではないんですね。

ウォン:遠くないともいえるし、そうでもないともいえる。私の生まれて育った家庭環境というのは決して裕福ではなかった。でも、チョンウィンほどひどくもなかったんだ。たとえば、僕の住んでいた家はチョンウィンのような団地ではなかった。ただ、小さい頃、学校に通うときは母親の親戚の家に預けられていて、その親戚の家はまさに映画と同じような団地でね。そのいろいろ見てきたものが経験として役立っているところはある。

――成人してからはどうなんですか。チョンウィンは日本のアダルトビデオを見たりします。このあたりも近くて遠い経験なのでしょうか。

ウォン:日本のアダルトビデオは結構、香港で人気があったんだよ。昔、流行していたね。ひとつ、エピソードを紹介しようか。私がもっと若かったときの話だ。親友と街をブラブラしていたとき、別の友人にバッタリ会った。その友人がなぜかすごく大きな荷物を抱えている。「これは何だ?」と尋ねたら、なんと中身は全部アダルトビデオの海賊盤だったんだ。彼はその海賊盤を売ろうと歩いていたんだが、「もう売れないからいらない」と言う。で、「欲しいか? やるよ? よかったら持って帰ってくれ」と言われて、じゃ、いただこうと。持って帰ったあと、友人と4時間ほど見たね(笑)。今思うと、まさに映画の中と同じ状況だったな(笑)。最初はおしゃべりしながら見ていたんだが、何時間も見ていたら、ふたりとも黙り込んでしまった。だんだん変な空気になってきて、見るのをやめたよ。結局、そのあとDVDは全部、捨ててしまった。

――チョンウィンはゴキブリが苦手ですね。大きな悲鳴を上げていました。

ウォン:私はゴキブリが平気なんだ。小さい頃、叔母の家に住んでいたんだが、香港はほとんどが高層アパートだろう? だいたい3階くらいのところにテラスが作られていて、そこにみんなゴミを捨てる。あれが汚いんだ。叔母の家は冷房設備もなくて、夏は当然、窓を開けなければいけない。中では、私たちは上半身裸で寝ている。すると、ゴキブリが窓から入ってきて、体の上を這(は)い回るんだ。あんまり這うから、馴れちゃったよ(笑)。うざったくなると、手でつかんで、投げ飛ばしたもんだ。チョンウィンとは全く違うだろう? もちろん、同級生の中にはゴキブリが大嫌いなやつもいるよ。そいつなんか、ゴキブリを床に見つけると、テーブルの上に飛び上がって逃げる。でも、僕は怖くないから、チョンウィンを演じたときは別の怖い存在を想像しながら演じたんだ。何が怖いって、クモだよ! あと、ムカデも怖い。足の多い虫が大嫌いなんだ。

――その苦手な虫の話、ウォンさんのファンには貴重な情報ですね。

ウォン:この記事を読んだ人から、ムカデの形をしたプレゼントでももらえるかもしれないな(笑)。

――車椅子に乗る役を演じてみて、そこから見える風景とはどんなものでしたか。

ウォン:実は、僕の母親が十数年、車椅子の生活をしていたんだ。だから、何が不便なのかはわかっているつもりだ。もちろん、僕自身に車椅子生活の経験はない。撮影では、まず車椅子に座ったままの行動に馴れる必要があった。それ以外は想像するしかない。だが、想像して演じることというのは、経験のある役者には難しいことではないんだ。数時間も経てば馴れてきて、スムーズに演じられるようになったよ。

――車椅子生活を送る主人公は日常生活で苦労を強いられていますけど、人間だれしも、車椅子を持たずとも、車椅子に座っているような部分があるのではないですか。チョンウィンに限らず、人間はひとりでは生きていけない。だれかの支えがないと、生きていけない。そんな普遍的な寓話になっている映画だという感触があります。

ウォン:そういう考え方はあると思うよ。つまり、映画というのは、観客を通して完成する。我々が語ろうとしてことが、別の形になり、意味すら変わってくることも多いだろう。新たな解釈が観客によって誕生するんだ。僕なりの意見を言うなら、我々人間はみんな、チョンウィンと同じく、車椅子に座っている存在だと思っている。そこは君の意見と同じだね。どの人にも、なんらかの制限がある。社会や他者から制限を受けている。その制限をどう受け止めるか、だと思う。その制限を受け入れられず、毎日、不満や愚痴、文句を言っている人は結局、その制限にとらわれ、取り込まれたままになってしまうのではないか。では、その困難な状況をどう打破するのか。だれかの助けを待つのではなく、自分自身が助けを必要としている人を助けること。それが大切なんだ。この映画はそういうことを説いているのだと思う。

――チョンウィンは車椅子に座りながら夢を語ります。ウォンさんにもかなえたい夢はありますか。

ウォン:残念ながら、ないんだ。それに近い考えはあるんだが、果たしてそれを夢と呼んでいいのかどうか。言おうか? 「日本で監督になりたい!」「宮本武蔵の映画を撮りたい!」(笑)。このふたつが僕の夢だ。いやいや、これは冗談じゃないんだよ! でも、僕には実現できない夢だろう?

――いえ、まだわかりませんよ。仮に監督が無理だとしても、宮本武蔵を演じることはできるのではないですか。

ウォン:そんなオファー、来ない、来ない! それに、僕は撮りたいんだ。演じたいわけじゃない。もし僕が監督だったら、武蔵役をオダギリ ジョーにオファーするね(編集注:アンソニー・ウォンとオダギリ ジョーは2009年公開の映画『PLASTIC CITY プラスティック・シティ』で共演し、親交を深めている)。日本で映画を撮る夢がかなわないまでも、もっと日本に来て日本語をもっと勉強しようと思うことはあるよ。豆腐の勉強もしたいと思っているんだ。できれば、豆腐店をやってみたいな。少し前にイタリアに行ってグルメ番組に出たんだが、イタリアには豆腐がないんだよ! あれには参った。

――くれぐれも人肉で豆腐料理を作ったりなさらないでくださいね。

ウォン:大丈夫だ。人肉で豆腐は作れないから(笑)。

アンソニー・ウォン(Anthony wong/黄秋生)|プロフィール
1961年9月2日生まれ。香港出身。1982年、ATVの俳優養成所に入所し、1985年に映画デビュー。人肉を肉まんの具材にする猟奇殺人犯を演じた『八仙飯店之人肉饅頭』(1993)で香港電影金像賞の最優秀主演男優賞を初受賞。『BEAST COPS 野獣刑警』(1998)、そして『淪落の人』(2018)で計3度、同賞を獲得した。『淪落の人』では、ほかに香港電影評論学会大奨の最優秀男優賞、香港電影監督会の最優秀主演男優賞、香港脚本家協会の演技賞(男優部門)も受賞している。そのほか、映画の代表作に『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』(1992)、『ザ・ミッション 非情の掟』(1999)、『インファナル・アフェア』(2002)、『頭文字D THE MOVIE』(2005)、『ドラゴン・プロジェクト』(2005)、『イップマン 最終章』(2013)など。

 

淪落の人 レビュー
NO CEILING FILM PRODUCTION LIMITED © 2018
そして、落ちぶれた人は夢を与える人になる

 香港映画界を代表する人気俳優アンソニー・ウォンが主演を務めた人間ドラマ。建築現場の事故で半身不随となった中年男性と、その世話をする住み込み家政婦の交流を感動的に描く。これがデビュー作となるオリヴァー・チャンがオリジナル脚本と監督を担い、『メイド・イン・ホンコン』(1997)、『三人の夫』(2018)などで知られるベテラン監督フルーツ・チャンがプロデュースに回って製作面を支えた。第25回香港電影評論学会大奨では推薦映画、最優秀脚本賞、第38回香港電影金像奨では最優秀新人監督賞、最優秀主演男優賞(アンソニー・ウォン)、最優秀新人賞(クリセル・コンサンジ)を受賞している。

 物語は、自宅のマンションで居眠りをしている主人公リョン・チョンウィン(アンソニー・ウォン)の姿から始まる。チョンウィンはもともと建築現場で働く職人だったが、不慮の事故で半身不随の体になっていた。前任の家政婦がいなくなって1カ月、車椅子に乗って新しい住み込みの家政婦をバス停まで迎えに行くと、そこにいたのは広東語が通じないフィリピン人の元看護師。彼女、エヴリン(クリセル・コンサンジ)は家庭内不和で故郷から逃げ出してきた女性であり、英語とタガログ語しかできない。意思の疎通が難しい相手に元同僚のファイ(サム・リー)に愚痴をこぼすチョンウィンだったが、エヴリンにしても下の世話や4時間置きに体位変換をしなければいけないほどチョンウィンの介護は大変。一時は不安や緊張の空気も漂わせたふたりは、それでも互いの言語を学び合い、夢を分かち合う中で、徐々に心を通わせていく。

 題名の「淪落の人」とは、平たく言えば「落ちぶれた人間」の意。ここではチョンウィンを指す言葉と思われるが、人生に失敗し、失意の中にある人間ということでは家政婦にも同じ気分がある。

 主従関係にある車椅子の人と世話人の交流劇となると、フランス映画『最強のふたり』(2011)を連想する向きもあるだろうか。設定もさることながら、車椅子をふたり乗りで道を行く映像などには妙な既視感に襲われてもおかしくない。ただし、ポップに弾む同フレンチ・ドラマとは裏腹に、こちらは至って地味。トリッキーな仕掛けなど微塵もない。あるのは、素直に向き合おうとしたふたりの人間の姿。相手の労苦を少しでも手助けしようとするいたわりの情、そして夢を抱き、かなえる喜び。それらを愚直なまでに刻み、ありふれたメロドラマにとどまりがちなところを、無理なく丁寧に、その先へとさわやかに運ぶ演出の手際は素晴らしく、とても新人の仕事、それもたった19日間で撮り上げた作品とは思えない。愚かにも二番煎じの作品などとナメてかかると、ひどい目に遭うだろう。クライマックスでだれもが暮れる涙の真相は、単なるもらい泣きではない。こんな人間になれたらいい、こんな幸せをもたらすことができたらいい。そんなありふれた、でもなかなかかなえられない憧れの実現を目の当たりにする、確かな感動の結果なのだ。

 落ちぶれた人から、夢を与える人へ。気持ちひとつで人間は変わることができる。前向きな人生を歩むことができる。家族のような信頼に結ばれていく香港の男女の物語は、そんな教訓を優しく示唆してくれる。

 かつて激しいアクション映画で鳴らしたアンソニー・ウォンは、身動きの取れない状況をものともせず、いやそんな設定だからこそ、経験を積んだベテランの格と輝きを見せつける。家政婦役のクリセル・コンサンジは清廉な風を漂わせて鮮やか。ほのかな季節の移ろいを見せる香港の四季も詩情に満ちた。

 2月1日(土)新宿武蔵野館 ほか 全国順次公開
原題:淪落人 / 製作年:2018年 / 製作国:香港 / 上映時間:112分 / 配給:武蔵野エンタテイメント株式会社 / 監督・脚本:オリヴァー・チャン / 出演:アンソニー・ウォン、クリセル・コンサンジ、サム・リー、セシリア・イップ、ヒミー・ウォン
公式サイトはこちら
文・インタビュー/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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