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映画のとびら

2020年2月14日

ミッドサマー|映画のとびら #047

#047
ミッドサマー
2020年2月21日公開


© 2019 A24 FILMS LLC. All
ミッドサマー レビュー
祝祭の異常、または、どん底の境遇にある少女の微笑み

 長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』(2018)で一躍、注目を集めた新鋭アリ・アスターの監督第2作。新感覚の恐怖映画として称賛を集めた前作に続き、またも独自の境地を見せている。ヒロインを演じているのは、今後『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)、『ブラック・ウィドウ』(2020)と、話題作への出演が続くフローレンス・ピュー。

 女子大生のダニー(フローレンス・ピュー)を襲った最初の悲劇。それは、双極性障害の妹が父母を巻き込んで自殺をはかったことだった。恋人のクリスチャン(ジャック・レイナー)は最近、ダニーを持てあまし気味だったが、計画中だったスウェーデン旅行にダニーを帯同させることにする。クリスチャンとともに旅行を計画していたのは、民間伝承を論文にしようとしているジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)、旅先でハメを外したいだけのマーク(ウィル・ポールター)、それにスウェーデン人の交換留学生ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)の3人だった。行き先は、ペレの故郷であるヘルシングランド地方。折しも、ペレが育った共同体では90年に一度、9日間に及ぶ「浄化の儀式」が行われることになっており、5人はロンドンからの旅行者サイモン(アーチー・マデクウィ)とコニー(エローラ・トルキア)も仲間に加えて、ペレの案内で「ホルガ」と呼ばれる場所にたどり着く。太陽が照り続ける白夜のもと、美しい民族衣装に身を包んだ村人たちによって、ダニーたちは歓迎されるが、それは新たな悲劇の始まりでもあった。

 題名に掲げられた「ミッドサマー(Midsommar)」とはスウェーデン語で「夏至祭」を指す。ヒロインたちの災厄は、まさに異形の白日夢であり、まばゆい光の中で展開していく「試練」の数々には「フェスティバル・スリラー」などと銘打たれた宣伝文句も、さもありなんといったところだろうか。

 多くは書けない。ゆがんだ祭事に接するごとに恐怖が積み重ねられる仕掛けの作品では、説明を重ねるほどにその鮮度が失われ、スリルを放棄させてしまうことになる。クスリに目を回して歩く登場人物たち同様、何も考えずに祭事に身を任せていけば、恐らく最上の異常体験がかなうだろう。導入部で描かれるヒロインの妹をめぐる悲劇など、実のところほんのジャブ、序の口に過ぎないといっていい。

 いわゆる恐怖映画の側面で見れば、スカした若者たちがカウントダウン形式で消えていく『13日の金曜日』(1980)のパターンに近いといえば近い。一種の逆転世界ものということでは、スペイン映画『ザ・チャイルド』(1976)も思い出され、わが国では藤子・F・不二雄による傑作短編漫画『ミノタウロスの血』(1977年発表)などもある。一種の邪教儀式ものと断じるなら、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)、『血まみれ農夫の侵略』(1971)、『エンター・ザ・デビル』(1975)、『サンタリア/魔界怨霊』(1987)といったホラー映画を連想する者も少なくあるまい。とりわけ、明るい異色祭事の果ての恐怖となれば、ロビン・ハーディ監督の名作『ウィッカーマン』(1973)との類似を叫ぶ向きが多くなるのは当然のこと。また、女性上位支配の空間に往年の「アマゾネスもの」を思う人もいておかしくない。

 では、全くオリジナリティーに欠ける作品かといえばそうでもなく、たとえばアリ・アスターの前作『ヘレディタリー/継承』に、同じくさまざまな過去映画のパーツを見いだしたとしても、模造品のレッテルを貼る人間はいないだろう。むしろ、日常のほころびが徐々に広がり、得体の知れない絶望に発展していくという構成の手際はいよいよ冴えを見せており、異口同音の作家性がまたも爆発している。語り口も絶妙としてよく、147分という長尺を最後まで飽きさせない。大胆な引きの映像は巨視的な迫力を醸し、残酷描写も遠慮なし。実際、正視に耐えないショック場面も多い。心臓の弱い人は鑑賞を避ける方が賢明だろう。

 「常識を捨てろ」などと無理強いはできない。しかし、昨今流行の「痛い」だけ、突飛な恐怖キャラクターで脅かすだけのホラー映画とは一線を画した作品であることは確かで、何しろ映画が始まって40分ほど経過して以降は、ほぼ最後までホルガにおける祭事の描写に費やされるのである。そのめくるめく異様な熱気、北欧因習に根ざした生理的不安の連続は一種の催眠効果を生み、異文化衝突のスリラーとして見る者を鋭く導いているともいえるだろう。うなされそうな極限状況の幕間に、フローレンス・ピューが見せる微笑みはどこまでも意味が深い。澄んだ狂気、突き抜けた悪夢は、恍惚状態に陥るほど濃厚に甘美なのであった。よくもこれだけの祝祭儀式、舞踊を、救済の福音を兼ねて組み立てられたものだと感心させられる、圧倒される。今年34歳。アリ・アスターという若手作家の活力と才気、やはり尋常ではない。

 2月21日(金)全国ロードショー
原題:Midsommar / 製作年:2019年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:147分 / 配給:ファントム・フィルム / 監督・脚本:アリ・アスター / 出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ウィル・ポールター
公式サイトはこちら
OPカードで「ミッドサマー」をおトクに鑑賞できます

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©2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathé Films S.A.S./Warner Bros.Entertainment GmbH
THRILLERDRAMA
タイトル 屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ
(原題:Der Goldene Handschuh)
製作年 2019年
製作国 ドイツ
上映時間 110分
配給 ビターズ・エンド
監督・脚本 ファティ・アキン
出演 ヨナス・ダスラー、マルガレーテ・ティーゼル、ハーク・ボーム
公式サイト http://www.bitters.co.jp/yaneura/

2月14日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

実話の異常、または、欲望に純粋だった醜男の顛末

 1970年代の西ドイツはハンブルクに実在した連続殺人犯フリッツ・ホンカ(1935-1998)の行状を描いた人間ドラマ。夜間警備員の仕事をこなしながら、犯罪を繰り返した彼の姿が淡々と描かれる。

 原作と同じくする英語原題の『The Golden Glove』とは、ホンカが通い詰め、「獲物」を狩ることを常としていたバーの名前。6年間に4人の女性を殺した彼だが、曲がり鼻の醜悪な容姿は、美女を家に引き込むことがかなわず、彼同様に身を持ち崩したような娼婦が主な標的だったという。

 映画は冒頭、ホンカの家のベッドで無造作に下半身をさらけ出して横たわっている犠牲者を映し出す。42歳の娼婦。そこへホンカが登場すると、死体処理の描写が7分ほど続く。はじめは縛って外へ持ち出そうとするが、人目が気になるやまた部屋へと舞い戻り、バラバラに解体。その後、あらためて細かくなった遺体をケースに入れて、空き地に放って捨てた。これが1970年に起こした最初の殺人。そこから第2の殺人を犯す1974年に時代が飛ぶ。相も変わらずバーでナンパを繰り返すホンカは、酒浸りの中年女性を家に連れ込んだ。彼女が部屋に入ると、そこには異様な臭いが漂っている。当然だ。遺体のすべてを捨てきれなかったホンカは、屋根裏部屋の収納スペースに残骸を放り込んでいたのである。邦題に「屋根裏の殺人鬼」との表現が冠される所以(ゆえん)だろう。そこは殺害現場であり、遺体放置の場でもあったのだ。

 俳優に特殊メイクを施すことで今回、劇中で具現化を果たしているホンカだが、その異形の容姿だけでなく、無様といえばあまりに無様な日常の醜態描写がまた素晴らしい。欲望のままに生きる男を批判することも断罪の視線を向けることもない。女は生きていれば性欲を満たす対象、死んでしまえばただの物。そんなホンカの即物的な意識、行動を横で眺めるように写す映像は、主人公の体臭まで観客に運ぶ勢いだ。酒と汗と排泄物と血にまみれたホンカとその自宅は鮮やかまでに汚い。この映画には確かに腐臭がある。臭い。

 死臭のウンザリするようなひどさは、その臭いをかいだ者にしかわからない。たとえネズミ一匹の死骸でも、部屋の片隅に放置されれば、やがて体の中に染み入ってくるような、嫌な臭いを充満させる。まして人間の死体ならばなおさらだろう。放っておけば病気も生まれる。きっと臭いにもほどがある。

 アメリカ屈指の奇人監督ジョン・ウォーターズがこの映画を絶賛したとのことだが、それも無理ならぬこと。ウォーターズといえば、かつて自作『ポリエステル』(1981)で、匂いの出るカードを観客に持たせて映画を見せた男なのだ。匂いに憧れがあったといっていい。いくらディヴァインという怪女優を主演にしても、カードを持たせなければ匂いは生まれないと考えたのだろう。しかし、映画『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』は、錯覚だとはいえ、その不可能と思われたことを実現させてしまったのだ。ウォーターズは嫉妬するほどうれしかったに違いない。そういう作家と作品が存在したことに。

 思えば、監督のファティ・アキンは、前作『女は二度決断する』(2017)でも人間を「生きもの」として描いた達人であった。家族を奪ったネオナチへの復讐に燃えるヒロイン(ダイアン・クルーガー)がついに「究極の行動」を移す直前、自身の「月経」の始まりを知る描写が忘れられない。なぜ、そんなショットを挟んだのか。なぜ、その「血」をヒロインに確認させたのか。理由はわからない。わからないけれど、あたかもそれが「行動」の引き金になったかのような「衝動」が見る者に伝わった。

 ホンカは無論、異常者である。異常者だが、「異常者」という後押しもファティ・アキンはしない。一本欠けた人間なりに、その日常と嗜好を追った。ヘドが出そうなほどの性欲のかたまりだが、ホンカにしてみれば、抑制の効かない本能に従っただけ。見方によっては、純粋な欲望の求道者ともいえる。そのあたり、上掲『ミッドサマー』に登場する北欧共同体、及びその残酷儀式のとらえ方に通じる問題だろう。ただ、いかんせん、ホンカは北欧の閉ざされた地域に暮らしておらず、ハンブルクという西欧社会の一員であった。その割には、あまりに社会通念がなかった。自分本位の生き方しかしなかった。端的にいえば、馬鹿だった。よほどの知勇か蛮勇がないかぎり、ホンカの生き方を「美しい」などと叫ぶことは難しい。

 ちなみに、ホンカを演じたヨナス・ダスラーは『僕たちは希望という名の列車に乗った』(2019)などの話題作に出演している今年24歳になる若手俳優。実年齢より20歳ほど離れたホンカを見事にこなしているが、その実際の容姿は劇中のホンカとは似ても似つかぬ美形。その事実がホンカの内面の美を暗にほのめかしている、との論調がもしあったとしても、やはりそれは大きな誤解だろう。

OPカードで「屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ」をおトクに鑑賞できます

「新宿武蔵野館」の当日券窓口でOPカードをご提示いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学生、短大生、大学院生、大学生)200円引きとなります。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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