特集・コラム

映画のとびら

2020年2月28日

初恋|映画のとびら #049

#049
初恋
2020年2月28日公開


(C)2020「初恋」製作委員会
初恋 レビュー
とってもいい塩梅のラブ&スリル

 三池崇史監督×窪田正孝主演で描くアクション・ロマン。夜の歌舞伎町でひとりの少女を助けたことからヤクザの抗争に巻き込まれることになった、余命いくばくもない青年ボクサーの物語。窪田正孝と三池崇史監督との顔合わせは時代劇『十三人の刺客』(2010)に次ぐものだが、主演俳優と監督という関係ではテレビドラマ『ケータイ捜査官7』(2008)以来12年ぶりの本格タッグとなる。

 新進気鋭のボクサー・葛城レオ(窪田正孝)は格下選手との試合中、突如、体調不良を起こし、まさかのKO負けを喫する。病院での診断は脳腫瘍。途方に暮れて歌舞伎町をあてどなくさまよっていると、そこへ怪しい男(実は刑事。名前は大伴/大森南朋)に追われている少女モニカ(商売用の名前。本名はユリ/小西桜子)に遭遇。勢いに任せて男を殴りつけて、少女を救う。モニカは父親の借金のかたにヤクザに売り飛ばされ、クスリ漬けになるという不遇の日々を送っており、今またヤクザの加瀬(染谷将太)と結託した大伴に麻薬横領の罪をなすりつけられようとしていたところだった。やがて、加勢と大伴の計画はきしみはじめ、奪われた麻薬をめぐってヤクザの幹部・権藤(内野聖陽)、恋人を殺されたジュリ(ベッキー)、そして中国マフィアが入り乱れての争奪戦が勃発。レオとモニカにも追っ手が迫るのだった。

 「初恋」という題名から王道のロマンティックな恋物語を想像すると、ちょっと戸惑うかもしれない。もちろん、主人公男女の絆がひとつの軸になっているのは事実だが、彼らをめぐる抗争劇がサブストーリーとするにはあまりに大きな位置を占めた。人によっては、おなじみの「三池流極道アクション」とこれを受け取る向きもいるはずで、実際、三池崇史といえば劇場映画デビュー作が『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(1995)であり、歌舞伎町発の抗争劇となればどうしても連想を免れ得ない上に、こうなるのも必然だったとするべきか。その切れ味は例によって好調で、映画の開巻早々、ボクシングの試合の合間に、刀で切り飛ばされた生首が歌舞伎町の路上に転がり、きょとんとする表情を見せるという描写がカットイン。以後、銃の乱射、流血の殴り合い、カースタントと続いて、スリリングな描写に事欠かない。

 面白いのは、この作品に対して三池自身が「さらば、バイオレンス」とキャッチフレーズをささげていることだろう。クライマックスではホームセンターで延々とヤクザ同士の殺し合いを描いており、「どこが“さらば”なんだ?」の有様なのだが、三池によれば、そこには徐々に失われゆくアウトローたちへの憐憫(れんびん)の意が込められていたらしい。確かに、度はずれた極道者がリアルに暴れる時代はどんどん過去になっている。映像世界などは「コンプライアンス」の名の下に牙を抜かれて、表現の幅は日を追って狭まる一方だ。三池作品にしても、影響が全くないとするのはちょっと難しい。しかるに、三池崇史は「折り合い」の達人でもある。どんな過酷な条件下でも、最良の抜け道を見いだしていく。残酷描写があっても、暴力描写だけの無鉄砲な展開にはならない。そうしなかった。結果、コンプライアンスの弊害から逃れられた。

 そもそも、本企画は東映の紀伊宗之プロデューサーがマスコミ試写での挨拶でも明らかにしているとおり、「初期Vシネマ時代の三池作品をもう一度」を標榜して製作に臨んだ一本。脚本に三池作品ゆかりの中村雅が招かれているあたりからして、三池にとっては「何をやってもOK」の好待遇であったわけで、そんな紀伊プロデューサーの三池作品愛(とりわけ『DEAD OR ALIVE 犯罪者』[1999]への思い入れが深い)こそ実は「初恋」の名にふさわしかったりするわけだが、その「初恋」というキーワードを作品内でも守り抜いたことにおいて三池の本気と凄みがあらためて今回、現出したとするべきか。

 残酷だが、思うほど血生臭くない。たとえば『荒ぶる魂たち』(2002)のようなシリアスな抗争劇には陥らない。一方で『ゼブラーマン』(2003)ほどマンガちっくでもない。では、中途半端な作品かというと、それも違う。現実感と荒唐無稽のほどよいブレンド感があるというべきだろうか。とってもいい塩梅の三池映画。脱線の破裂、緩みも少なく、節々にとコミカルな仕掛けを盛り込むなど、深刻一辺倒の展開から遠い。そこには、ラブシーンはなくとも、恋物語の空気から外れないようにしようという意識が当然あった。結果、作品的にバランスがとれた。なんだか丸い印象。痛快だけど、優しい。従来の三池作品ファンにはどこか微笑ましい作品であり、三池作品に免疫のない観客には飛び込みやすい世界がここにある。

 言葉少なに主人公を演じる窪田正孝は磨き上げた体躯(たいく)も魅力的。映画『ファンシー』でも窪田と共演している小西桜子はいい雰囲気を持った新人。小西の存在こそ、三池崇史をしてこの作品を最後まで「初恋」たらしめた新鮮かつ純真なミューズだったともいえる。静かなエンディングがしみた。

 クスリまみれで突飛な大暴れを見せる染谷将太、堕落した刑事役の大森南朋、大時代のヤクザ役・内野聖陽、味のある子分役・村上淳、迫真のボス役・塩見三省、そして傷まみれ&素足さらけ出しで駆けずり回るベッキーと、俳優陣は皆、好演。俳優たちに加え、スタッフ陣も撮影現場での居心地のよさ=愛を叫ぶのが三池作品の常。その意味において、三池映画はそもそもラブストーリーといっていいのかもしれない。

 2月28日(金)全国ロードショー
原題:初恋 / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:115分 / 配給:東映 / 監督:三池崇史 / 出演:窪田正孝、大森南朋、染谷将太、小西桜子、ベッキー、三浦貴大、藤岡麻美、顏正國、段鈞豪、矢島舞美、出合正幸、村上淳、滝藤賢一、ベンガル、塩見三省・内野聖陽
公式サイトはこちら
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© EAST FACTORY INC.
COMEDY
タイトル COMPLY+-ANCE コンプライアンス
製作年・製作国 2019年・日本
上映時間 73分
配給 SPOTTED PRODUCTIONS
監督・企画・脚本 齊藤工
(ゲスト監督:飯塚貴士、岩切一空)
出演 秋山ゆずき、平子祐希(アルコ&ピース)、斎藤工、大水洋介(ラバーガール)、古家翔吾(元・曇天三男坊 現・TCクラクション)
公式サイト https://complyance.tokyo/

2月21日より、アップリンク渋谷&アップリンク吉祥寺にて公開中

人気俳優が作り手として見せる「誠意」

 『blank 13』(2017)に次ぐ齊藤工(監督名義。俳優名義は斎藤工)の劇映画監督第2作。題名どおり、コンプライアンス(法令遵守)、狭義の意味での「映像媒体における自主規制」について扱った作品である。計3話から成るオムニバス仕立てとなっており、岩切一空、飯塚貴士というふたりのゲスト監督の短編2本(各約15分)に、齊藤自身が監督した約30分の短編が続く構成になっている。

 岩切作品『COMPLY+-ANCE 序説』は「とある若い女優員とその撮影隊が遺したメイキング映像」的な内容で、映ってはいけないものが映る瞬間のショックを見せる。『C.C.C.C(サイバー・コンプライアンス・コップ・カルヴィン)』と題された飯塚作品は「規制の締め付けが厳しい近未来」を刑事アクションの中に刻んだ異色の人形劇。そして、齊藤作品『COMPLY+-ANCE』は、とある喫茶店で行われたテレビのアイドル取材風景を通して、自主規制への配慮が過ぎる業界の愚鈍と滑稽をにじませる。

 企画の出発から舵取りをしている齊藤は「総監督」としての位置にあり、齊藤と映画『MANRIKI』(2019)やテレビドラマ『ペンション 恋は桃色』(2020/異色作。斎藤工の放談場面多し)でも組んでいる盟友的存在・清水康彦がプロデュースと編集のクレジットを持っている。

 冒頭、プロローグとして、いきなりパリの大規模デモ風景が映し出される。撮影日時は2019年12月17日。政府の年金制度改革案をめぐるストライキの一部である。翌2月の公開作品だというのに、なんという直近の話題の強引な取り入れようだろうか。

 撮影しているのは齊藤自身であった。画面の端に自撮り中の齊藤の姿もとらえられている。そして、その両目は「黒目線」で隠されていた。目を覆っているだけではない。その黒いバー部分には「ひるがお」の白い文字が踊っている。もちろん、俳優・斎藤工の出世番組『昼顔 平日午後3時の恋人たち』(2014)のこと。齊藤だとわからないようにしているように見えて、あの「斎藤工」であることも堂々とぶち上げる。その大胆かつ絶妙な仕掛け。早速、ブラックな笑いがにじむ。

 画面に登場する監督・齊藤工、俳優としての斎藤工は劇中、いずれも正体をつまびらかにしない。あからさまに「頭隠して尻隠さず」の様態なのだが、これは、これから採り上げる問題がもはや個人の不平不満を超えているとの示しなのか。それとも単なる酔狂なのか。恐らく、そのいずれでもあり、そのいずれでもないのであろう。そんなことを考えていることがすでに無粋であるかのような気分もこの作品にはある。

 多分に問題提起型の作品であり、メッセージ映画といえばたやすい。自主規制に振り回される現代は恐怖であり、漫画的であり、その収録現場はすでに喜劇となっているのだ、と。では、シリアスな社会派作品かというとそうではなく、形態としてはやはり喜劇であり、業界・世情を笑い飛ばしながら、同時にそれを叫んでいる当事者としての自分たちをも自虐的にコミック化している。笑うよりも笑われろ、なのか。

 岩切、飯塚の両監督作品はもちろん、それぞれに興味深い視点を持っている作品だが、まるでその2作品を「前説」にするかのようにして滑り込んでくる齊藤工監督パートがやはり作品的に圧巻。仕掛け的、位置的にはクエンティン・タランティーノが一挿話にかかわったオムニバス映画『フォー・ルームス』(1995)に近いか。なんでもない喫茶店の風景が、放送禁止を示すピーという効果音とモザイク処理に埋もれていく様はドライブ感に満ち、即興を巧みに生かしたと思しき演出がただ輝く。最終的に完成した「取材映像」がどのような結果に終わったのか。その完成映像紹介場面は痛快であり、もはや笑いを抑えきれない。

 全体的に構成が雑、コント映像に過ぎないなどの批判を目にするが、そういった完成度云々を唱える前にこのようなタイプの作品をフットワーク軽く仕上げ、世に提出する姿勢をまず評価すべきだろう。『blank 13』を通して人間ドラマ創作における非凡を示した齊藤が一転、ある種、正反対の領域に向かった意図を考えたい。すなわち、それは映画の可能性を問う知勇であり、表現の方法に拘泥しない蛮勇の勇気である。劇場公開後も作品の「更新」は続いているという。もはや映画でありつつ、どこか映像を伴った演劇、ライヴの一種になっているのかもしれない。恐らく興行期間についての発想も数週間の狭きに終わっていないのだろう。どこまでも俺はやる、と。移動映画館の実現を夢にかかげる齊藤工/斎藤工らしい。

 映画はラスト、作品を見つめる観客自身をも問う仕掛けで締めている。やはり、我々自身の問題としてこれを考えてほしいという願いなのだろう。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(1997)における客席風景を思い出す向きもいるのではないか。これまた「見ている人間が実は見られている」状態。きつい皮肉である。端正なドラマ構造を持った映画を第一とする観客にはきっと受け付けられないだろう。しかし、そこには表現者としての自由も輝く。罵詈雑言を単に並べるだけではなく、少なくとも齊藤工は喜劇としてこれを昇華させようとした。そんな誠意ある反逆児の心意気がただまぶしい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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