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映画のとびら

2020年3月19日

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実|映画のとびら #051

#051
三島由紀夫vs東大全共闘
50年目の真実
2020年3月20日公開


© SHINCHOSHA

© 2020 映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会
「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」レビュー
三島由紀夫は美しい

 1969年5月13日、三島由紀夫は東大駒場キャンパス・900番教室の教壇に立っていた。この日、日本を代表する文豪は、彼を敵視する東大全共闘メンバーからの招聘を快諾、彼らとの討論会の場に単身、乗り込んでいったのだった。1,000人を超える学生たちを前に、三島はいったい何を語ったのか。

 TBSのみが撮影、保管していた討論会の模様を軸に、当日参加していた学生や三島ゆかりの同志、知人、さらに作家、研究者らの新規取材映像/証言を交えて新たに構成したドキュメンタリーである。新規映像部分には平野啓一郎、瀬戸内寂聴らが顔を出し、三島作品を敬愛してやまない東出昌大がナビゲーター(声のみの出演)を務めた。監督は、三島と同じ東大出身で、『ヒーローマニア –生活-』(2016)や『森三中教習所』(2016)など、喜劇、恐怖映画の分野で佳作を放っている豊島圭介。

 討論会映像そのものはこれまで断片的に紹介されており、討論会の内容についても過去に『討論 三島由紀夫vs東大全共闘《美と共同体と東大闘争》』(新潮社)が「完全採録」として刊行されており、決して目新しいものではない。およそ2時間半にわたった討論会も、その映像がすべてここに網羅されているわけでもなく、ある種、ハイライト部分だけが抜粋されているといった具合である。では、中身の薄い一方通行映画かというとそうでもなく、むしろ現代的解説が親切にも随所で試みられている点で十分、双方向的であり、同時にそれらがなければ大半の現代観客が置いてけぼりを食らわされたかもしれないということでは、一個の記録作品として大衆的な平衡感覚が備わっていることは確かで、端的に言って見やすい。

 実際、文字面だけではわからなかった言葉の熱度、抑揚、場の空気が迫ってくる醍醐味は大きい。観念的ともいえる表現、言い回しをもって質問をぶつけてくる全共闘メンバーに対し、三島は前のめりになるわけでもなく、冷ややかにあしらうこともなく、正面から具体的な回答に応じる。同様に、彼らに安っぽい肩入れをするわけでもなく、非情な断罪を加えるわけでもない。討論後、いみじくも三島は「愉快な経験だった」と記しているが、誠意を尽くした意見交換の場として単純に楽しかったのだろう。特に学生の質問に耳を傾けている際の三島の表情などには、そんな感慨が見て取れる。その発見。

 語る言葉がいちいち強い。隈なく聡明である。視野が澄み、潔癖なまでの意志の屹立がそこにあった。思えば、この1年半後の1970年11月25日、三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地で決起演説をぶち上げ、東部方面総監室で割腹自決を果たすのである。言葉の端々に固い決意がにじみ、この頃から彼なりに覚悟をもって生きていたことが映像からも伝わってくる。そんなスリル。

 「時代の空気」というものは実にわかりづらい。なぜ60年代に学生運動が巻き起こったのか。彼らを突き動かした思想とは何だったのか。後の時代に生きる人間がいくら理由を探っても、完全な理解に及ぶことはないだろう。では、知らぬ存ぜぬで放置したままでいいのか。よくない。無関心がいちばんいけない。この映画は我々、現代の観客にひとつの機会を与えている。あの時代にふれること。歴史の一端にふれること。理解できなくてもいい。共感もいらない。大切なのは、まず目撃すること。歴史を知ることはおのれの足下を見直すこと。これは、そんな「時代と自己」の検分が期せずしてかなえられる好機でもある。

 ある意味、熱にうなされていた時代でもあったのだろう。その熱を今も引きずる討論会出席者の証言は、現代の観客には痛々しく映るだろうか。いや、逆に彼らの情熱に羨望の目を向ける向きもあるのではないか。あるいは、その強靱な意志に畏怖や戦慄をいだく者もいるかもしれない。笑い飛ばす人もいるだろう。実のところ、劇映画がもたらすようなさまざまな感情が、この記録映画には随所であふれている。つまり、この映画はドキュメンタリーでありながら、人間ドラマであり、英雄譚であり、ホラーであり、アクションであり、コメディーですらあったりするということだ。その刺激。

 対決志向をあおった作品の題名であるが、その思想拮抗の行方がすべてではないことを重ねて記しておこう。一方で、これが単なる言葉の衝突に終わっていないことにも注視すべきで、要するに映像でもって示されるがゆえに、ここでの言葉はそれを放つ肉体を伴っており、一種の格闘技的妙味をにじませていることもおそらく確かなのだ。とりわけ、三島はその意味で「無垢なる闘士」であった。真に戦うべき相手を全共闘のさらに彼方に見据えながら、戦後日本に疑問を抱く作家は討論会の場にいた。その「真情」をテレビ局に記録させ、懇意の新潮社カメラマンに写真まで撮らせた。自ら「劇場化」をかなえることで、そのショーの雄弁な演者になろうとした。三島は作家であると同時に意識の高い役者でもあったのである。

 彼の抱える問題意識に賛同する必要はない。賛同しようにも、どだい、追いつけないだろうけども。一方で全共闘メンバーからの質問を懐深く受け止め、おのれの信ずるべきもの、向かうべきところを恥じることなく真っ直ぐに言明する姿にはどうしようもなく魅了される。作品は作家自身を映す鏡である。その逆も真なりとするべきだろうか。いずれにせよ、ここに刻まれた三島由紀夫はまぶしいほどに美しい。

 3月20日(金)全国公開
原題:三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実 / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:108分 / 配給:ギャガ / 監督:豊島圭介 / 出演:三島由紀夫、東出昌大、芥正彦、木村修、橋爪大三郎、篠原裕、宮澤章友、原昭弘、椎根和、清水寛、小川邦雄、平野啓一郎、内田樹、小熊英二、瀬戸内寂聴 ほか
公式サイトはこちら
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(C)2012 若松プロダクション
歴史DRAMA
タイトル 11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち
製作年・製作国 2011年・日本
上映時間 119分
監督 若松孝二
出演 井浦新、満島真之介、岩間天嗣、永岡佑、鈴之助、中泉英雄、橋本一郎、平野勇樹、鈴木信二、落合モトキ、粕谷佳五、礒部泰宏、小橋和之、渋川清彦、大西信満、地曵豪、タモト清嵐、小倉一郎、篠原勝之、吉澤健、寺島しのぶ

映画の世界の三島由紀夫

 三島由紀夫をめぐる映画となると、まず見ておきたいのがフランシス・フォード・コッポラ&ジョージ・ルーカス製作総指揮、ポール・シュレーダー監督による『MISHIMA:A Life in Four Chapters』(1985)。三島の割腹自決の日を描くカラーパートを縦軸に、三島の小説『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬』が横軸として絡められ、さらに三島の幼少期から今日までの来し方がモノクロ映像で描かれる。三島の精神理念を、その生涯と作品からあぶり出そうとする試みはスリリング極まりなく、小説世界を大胆な美術セットで見せる石岡瑛子のプロダクションデザイン、ミニマルミュージック界の雄フィリップ・グラスによる音楽も尖鋭にして秀逸。三島役は緒形拳、三島が率いる「楯の会」のメンバーに三上博史、徳井優、小説部分の出演者として板東八十助、佐藤浩市、沢田研二、左幸子、烏丸せつこ、永島敏行、池部良、勝野洋ら。日本では今もって未公開の憂き目に遭っているが、現在では海外DVDの購入が可能になっている。

 三島は作劇にも深い関心を持っていた人で、小説とあわせて戯曲作品を読むのも面白いだろう。そのうちの一本、『黒蜥蜴』は江戸川乱歩作の同名小説を丸山明宏(現在の美輪明宏)のために書き上げたもので、後に深作欣二の監督で1968年に映画化もされた。最大のみどころは、丸山演じる異常コレクターが集めた「人間剥製」を披露する場面。その剥製のひとつを三島自身が演じている。剥製なのだから、演じる三島は微動だにしてはいけない。まさに静かなる熱演。しかし、全く動かぬままでいられる人間などいやしない。カメラのフレームの中で、プルプル震えている剥製三島がやがて目に入る。なんとか動かないように努力をしているが、やっぱりプルプル。ずっとプルプル。その必死のプルプルがたまらない。膨大な著作を残している三島だが、よくもこんなことをする時間があったと感心さえするひとコマである。

 残念ながら同『黒蜥蜴』(1968)は90年代、松竹ビデオ事業部が奔走したものの、美輪明宏の許可が下りず、いまだソフト化の日の目を見ていない。名画座での鑑賞機会を逃されぬことを推奨する。

 三島は映画の世界でもそれなりの痕跡を残しており、『純白の夜』(1951)、『不道徳教育講座』(1959)に端役出演したのち、『からっ風野郎』(1960)でついに主役をこなし、主題歌まで歌った。『憂国』(1966)では監督も兼任し、割腹場面を念入りに見せている。さらに薩摩藩士・田中新兵衛を演じた『人斬り』(1969)でも姉小路公知暗殺を詰問される場面で自刃演技を披露。芝居とはいえ、市ヶ谷駐屯地で実行する以前に2度も自決をしていたわけだが、いずれの作品においても、日本の小説家史上、最高の筋肉美を誇ったともいわれる彼の鍛え抜かれた肉体が輝いていることを付け加えておきたい。

 三島の自決を描いた作品には、若松孝二監督による『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2011)もある。三島役は井浦新。実際の三島とは少々異なる柔和な空気感が独特の味になっている。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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