特集・コラム

映画のとびら

2020年3月27日

彼らは生きていた|映画のとびら #052

#052
彼らは生きていた
2020年1月25日公開


(川崎市アートセンター:3月28日~|あつぎのえいがかんkiki:4月4日~)

© 2018 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
『彼らは生きていた』レビュー
戦場にチャップリンはいない

 『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001-2003)のピーター・ジャクソン監督が陣頭指揮をとった第一次世界大戦(1914-1918)の長編ドキュメンタリー。ニュージーランド出身の才人によるこまやかな配慮が行き届いているだけに、単なる記録素材の羅列には終わっていない。

 ジャクソンがイギリスの帝国戦争博物館(Imperial War Museum)から「博物館所蔵の記録映像を使って、終戦100周年を記念するドキュメンタリーを作ってみないか」という旨の誘いを受けたのが2015年のこと。2,200時間以上もある映像素材、600時間に及ぶ同大戦体験者250~300人の証言音声を1年半かけて精査したジャクソンは、まずフィルムの復元に取りかかった。撮影速度の異なる映像素材(毎秒10、13、14、15、16フレームなど、素材によってバラバラ)を毎秒24フレームの速度で上映しても遜色のないよう、コマとコマの間に新たな映像をデジタル技術で補完するなど、根気よく修復。同時に、その映像をカラー化し、証言素材をナレーション風に添え、さらに映像に合わせて新たに効果音や、フィルムに登場する兵士の声をなまりまで考慮して新録音し、一本の作品に仕上げたという次第。

 題名を映した後、まず修復前のモノクロ記録映像がそのまま毎秒24コマの速度で投影される。カタカタと早送り映像のように映されるそれは、きっとだれもが一度は見たことがある古いニュース映像のたぐい、もしくは無声映画で見られる情景。大半の人間はチャールズ・チャップリンの喜劇映画の印象などをそこに重ね、寸劇のようなのどかさ、滑稽さを思うに違いない。仕方がないことである。まだまだ撮影機はクランクを手回しして対象をフィルムに収めている時代。コマ数の関係上、だれがどうやったって、チャップリン同様の動きしか残されない。しかも、映っている英国兵士たちは多分にカメラを意識して顔に笑顔を浮かべている。言ってしまえば、もはや被写体のだれもがチャップリンなのである。

 25分ほど経過した頃だろうか。戦場へと撮影場所が移ると、映画はゆっくりと修復後の映像に切り替わっていく。人間の動きが現代の映画と変わらなくなり、単調なモノクロ映像が立体感を備えた「総天然色」になったとき、生々しい空気感が実感として一気に広がるのだった。それはまるで昨日撮影されたかのような映像。滑らかに伝わる兵士たちの表情、塹壕を進む彼らの困難、そして果てなく広がる「無人地帯」の荒涼。空中で炸裂して地表に弾をばらまくドイツ軍榴散弾(りゅうさんだん)は恐怖そのものであり、地雷の炸裂規模は想像以上。さらに鉄条網や塹壕のあちこちに置き去りにされた死体の、なんと無様かつ無情な存在感だろう。有無をいわせぬ死の匂いである。そこにチャップリンはいなかった。

 映像の質感だけではない。開巻から間断なく敷き詰められた元兵士らの回想証言が効いている。その言葉はどれも愚直なほどに開けっぴろげで、飾り気なし。当初、意気軒昂として入隊していったという彼らの声などは、いかにそれが英雄的な空気の中ではぐくまれたものかが素直に浮き彫りにされて、特に印象的だろう。それはたとえば、映画『誓い』(1981/ピーター・ウィアー監督)におけるメル・ギブソンらオーストラリアの青年たちの入隊動機が不純なほどいいかげんであることの裏打ちであり、あるいは『戦場の小さな天使たち』(1987/ジョン・ブアマン監督)における第一次戦争体験者が第二次大戦勃発時に明るく愛国心をむき出しにするさまの、まさに実証であった。彼らは冒険劇に出演する俳優の気分で戦いに加わり、ゲームに参加する軽さで銃を抱えたのである。それが迫真の修復映像とともににじむ醍醐味。

 後付けで再現された現場の声や戦場の音も説得力がある。兵士の言葉を読心術で再現したアフレコ、当時の弾薬、銃器を念頭に置いた効果音の挿入。有能な監督だから成せる劇的なる迫真がそこにあった。編集や音の効果を知る人間ならではのこだわりは恐ろしいほどに素晴らしい。英国軍の「マーク1戦車」がただならぬ存在感をもって迫ってくる映像などに心を躍らせる向きもあるだろうか。そんな罪深き喜びすら呼び起こしてしまうほどの成果がここにはある。

 カメラが入っていくことができない最前線の戦闘描写には、当時の風刺画や想像画が使用されている。そこに映像の欠落を嘆くのは野暮であろう。むしろ、そこまでの映像の実感を踏まえた上で、観客それぞれが想像の翼をはばたかせる好機としてこれをとらえたい。そこにどんな悲惨な状況があったのか。見てはいけない現実が横たわっていたのか。これは遠い時代の記憶であるが、決して縁遠い世界ではない。そのことをこの映画は教えてくれる。確かな反戦意識の獲得をうながしてくれる。

 興味深いことに、この映画の後味は決して苦くもきな臭くもない。どこか温もりすら感じさせるのだから、また不思議である。その意味で「彼ら」は死者ではなかった。彼らは生きていたのである。

 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
原題:They Shall Not Grow Old / 製作年:2018年 / 製作国:イギリス=ニュージーランド / 上映時間:99分 / 配給:アンプラグド / 製作・監督:ピーター・ジャクソン
公式サイトはこちら

あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)ITC Productions LLC 1979
WARDRAMA
タイトル 西部戦線異状なし
(原題:All Quiet On The Western Front)
製作年 1979年
製作国 イギリス
上映時間 162分
監督 デルバート・マン
出演 リチャード・トーマス、アーネスト・ボーグナイン、パトリシア・ニール、イアン・ホルム

第一次世界大戦を見つめた映画たち

 第一次世界大戦を描いた作品となると、やはりルイス・マイルストン監督による『西部戦線異状なし』(1930)が筆頭に挙がる。ドイツ兵士の体験記を映画化したもので、反戦映画のパイオニア的存在の作品でもある。モノクロ時代の作品が苦手という向きには、デルバート・マン監督によってテレビ用に再映像化された『西部戦線異状なし』(1979)を見てもらってもいい。古参兵役のアーネスト・ボーグナインがいい味を出しており、現代の観客にはこちらのリメイク作品の方が感情的にも見やすいかも。

 現代の観客にはスティーヴン・スピルバーグが撮った『戦火の馬』(2011)もとっつきやすいだろう。あるいは、サム・メンデス監督によるワンカット仕様の『1917 命をかけた伝令』(2019)も悪くない。フランス空軍の若い兵士を描いたトニー・ビル監督、ジェームズ・フランコ主演の『フライボーイズ』(2006)なども一種の青春映画として楽しめるはず。

 『フライボーイズ』でも明らかなように、第一次大戦時の空の主役といえば複葉機であった。空中戦を描いた作品では、野心にまみれたドイツ兵を描くジョン・ギラーミン監督の『ブルー・マックス』(1966)、ロジャー・コーマン監督の『レッド・バロン』(1971)も一見の価値がある。

 古典的名作では、記念すべき第1回米アカデミー賞の作品賞を受賞した『つばさ』(1927)、ジャン・ルノワール監督の『大いなる幻影』(1937)、ロック・ハドソン主演の『武器よさらば』(1957)、スタンリー・キューブリック監督の『突撃』(1957)、フィリップ・ド・ブロカ監督の『まぼろしの市街戦』(1966)なども押さえておきたい。デヴィッド・リーン監督の『アラビアのロレンス』(1962)も第一次大戦期を描いた作品だ。なお、チャールズ・チャップリンには『担へ銃』(1918)という名作がある。

 ダルトン・トランボが脚本を書き、監督を務めた『ジョニーは戦場へ行った』(1971)は反戦映画の中の反戦映画ともいうべき秀作。戦場で目、鼻、口、耳、両腕、両足を失い、もはや人間の体を成していない兵士の切ない叫びは筆舌に尽くしがたく、どの世代にも強烈な印象を与えるだろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

OPカード会員ならmusic.jpで「あわせて観たい」の作品をおトクに視聴できます

OPカードがあれば最新映画や単館系話題作がおトクに楽しめます

TOHOシネマズ海老名

映画を鑑賞すると小田急ポイントが5ポイントたまります。ルールはたったの3つ!

ユナイテッドシネマ

OPカードのチケットご優待サービスで共通映画鑑賞券をおトクにご購入いただけます。

新宿シネマカリテ

当日券窓口でOPカードをご提示いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。

新宿武蔵野館

当日券窓口でOPカードをご提示いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。

music.jp800「OPカード特別コース」