特集・コラム
映画のとびら
2020年4月6日
悲しみより、もっと悲しい物語|映画のとびら #053
本国台湾で2018年最大の興行収益を獲得したほか、中国、シンガポール、マレーシアなどのアジア圏でも大ヒットを記録したラブストーリー。
早くに父親を病で失い、母に捨てられた張哲凱(チャン・チォカイ/リウ・イーハオ、高校時代はシー・チーティエン)は、残された遺産でたったひとりの学園生活を送っていた。孤独に疲れ、生きることがいちばんの悲しみだった彼の人生は、ある日、明朗な同級生の宋媛媛(ソン・ユェンユェン/アイビー・チェン、高校時代はヤオ・アイニン)と出会うことで変わる。あっという間に打ち解けたふたりは同じ大学に進学し、父の遺品で埋まっていた張哲凱の家に宋媛媛が飛び込むような形で同居生活も開始。宋媛媛も実は少女時代に家族を交通事故で失っていた孤児だったのだ。家族同然に暮らす彼らは互いをそれぞれ「K」「クリーム」と呼び合い、大学を卒業すると、Kは音楽プロデューサー、クリームは作詞家の道に進んでいく。だが、Kはどれほどクリームを愛しているかということを彼女に伝えられずにいた。それどころか、クリームに「いい男を見つけて結婚してほしい」とまで言ったりもする。なぜなら、Kは父と同様の不治の病を体内に宿しており、いつか最悪のときが来ることをクリームに伝えられなかったからだった。
ひとつ屋根の下に暮らす男女、難病に翻弄される青春。そんな青春映画定番の明と暗を備えた物語は、主人公ふたりの間に性的な描写がほとんどないことを含め、大半が軽快なタッチで進み、まるで少女漫画を読むようだとの声もある。実際、「いい男を見つけた」というクリームに対して、相手の男(ブライアン・チャン)を調べ、その婚約者(アニー・チェン)との関係を壊そうとまでするKの行動などは、樋口卓治の小説『ボクの妻と結婚してください』(講談社/2012年刊行)とその映像化作品を連想させもして、人によっては浮世離れしたものに映るのかもしれない。しかし、作品公開時38歳のギャビン・リン監督の語り口は総じて優しく滑らか。流れるような映像処理も手伝って、大半の観客はKの行動に巧みにミスリードされるばかりか、いつの間にか、想像もしない「事実」にまで誘い込まれていくのではないだろうか。悲しいのは主人公の病気ではない。邦題が示すところの「もっと悲しい物語」はダテではなかった。
のるか、そるか。個人的には、高校時代のクリームを演じたヤオ・アイニンが登場した瞬間にのった。物語へのスイッチが入った。大きな目にいたずらっぽい振るまい、制服の下から美しく伸びる足。恋に落ちない男がいたとしたらどうかしている。あんなコケティッシュな女の子がガールフレンドにいたら、そりゃ孤独も消える。一緒に住めば、病気だって治ってしまうのではないか。そんな阿呆なほど純粋に「のった瞬間」が訪れなかった観客には、もしかしたらこの作品はただの絵空事。いくら好きな人のためとはいえそこまでやるか、との不満や疑問も永遠に消えまい。仕方がない。でも、もったいない。
コミカルな恋愛ドラマで動きつつ、その実、切ない「難病もの」に舵を切っていく作品は、同時にミステリー的味わいも兼ね備えた多層性も誇っており、実のところ、何かと手の込んだ仕上がり。ブライアン・チャン演じる誠実な歯科医がピエロに見えてしまう恐れ、悔しさはありつつ、力業(ちからわざ)ともいえる強引さでエンディングへと観客をねじ伏せる演出、俳優陣の魅力はやはり捨てがたい。
確かにこれは、ひどく思い詰めた自己犠牲の物語であり、ソウルメイトのような男女の自己チュー的な純愛劇であり、そして生活感や経済観念から遠く、感傷だけの世界のお話である。自己中心的なママゴトかもしれない。おセンチなファンタジーに過ぎないのかもしれない。でも、だからこそ映画、ともいえる。
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(C)2016映画「ボクの妻と結婚してください。」製作委員会
タイトル | ボクの妻と結婚してください。 |
製作年 | 2016年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 114分 |
監督 | 三宅喜重 |
出演 | 織田裕二、吉田羊、原田泰造、小堺一機、大杉漣、高島礼子 |
台湾映画『悲しみより、もっと悲しい物語』(2018)は、実はリメイク作品である。オリジナルは、ウォン・テヨン監督による韓国映画『悲しみよりもっと悲しい物語』(2009)。人気俳優のクォン・サンウがケイを演じ、クリームを元ミス・コリア代表の人気女優イ・ボヨンが演じている。
台湾リメイク版が軽妙さを前面に出しているのに対し、韓国オリジナル版はややシリアスなトーンであり、とりわけ後半の謎解き部分における感情のうねりが大きく、いかにもお国柄という仕上がり。主人公ふたりの秘話を発見する役回りが男性歌手と女性歌手の違いもあり、見比べてみるのも一興だろう。ちなみに、台湾版で女性歌手を演じているのは台湾の人気歌手A-Linである。
小説『ボクの妻と結婚してください』は2度、映像化の機会を持っており、まず2015年に岡田惠和の脚本、内村光良、木村多江の共演でドラマ化(NHKプレミアムにて放送)。続く、2016年に三宅喜重監督、織田裕二の夫役、吉田羊の妻役で映画化されている。実は、映像化に先んじて2014年に舞台化も果たされており、こちらはドラマでも夫婦役を続投した内村光良と木村多江のコンビが演じている。
いずれの作品も、余命幾ばくもない夫の優しさと尽力、それを受け止める妻の温もりが美しくにじんでいて、思わず涙を誘われる向きもきっと多いはずだ。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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