特集・コラム
映画のとびら
2020年4月17日
SKIN/スキン|映画のとびら #055
実在する元白人至上主義者の壮絶な改心と転向の実体験に触発されて製作された人間ドラマ。第43回トロント国際映画祭では、国際映画批評家連盟賞を受賞している。主演は『リトル・ダンサー』(2000)のビリー・エリオット役が今なお輝くジェイミー・ベル。監督・プロデュース・脚本の3役を務めているのはイスラエル出身、これが初のアメリカでの長編映画となった新鋭ガイ・ナティーヴ。
ブライオン“バブス”ワイドナー(ジェイミー・ベル)は、オハイオ州コロンバスに住む若き白人至上主義者。少年時代に親に捨てられ、白人至上主義者のリーダー、クレーガー(ビル・キャンプ)とシャリーン(ヴェラ・ファーミガ)に育てられたことが彼の現在を決定づけていた。反ヘイト団体の黒人活動家ダリル・L・ジェンキンス(マイク・コルター)と正面から衝突するなど、ブライオンは今や組織の若き幹部。ところが、ある日、クレーガーの集会へ3人の娘とともに歌唱営業に来ていたシングルマザーのジュリー(ダニエル・マクドナルド)と出会ったことから、人生を改めようと考え始める。もちろん、グループを抜けようとするのは生やさしいことではなく、全身を覆ったタトゥーも新たな仕事へブライオンを導くことを許さなかった。果たして、ブライオンは愛する人たちとの新たな生活を獲得できるだろうか。
題名も「肌」などと、直截的(ちょくさいてき)に斬り込んでくる本作品は、まず手術台に座る主人公の後ろ姿から物語を始めている。そのイメージは劇中に早くから断片的に登場し、やがてそれがタトゥー除去に臨む主人公の姿だということを明らかにしていく。実在のブライオンはこの激しい痛みを伴う施術を計25回、16カ月の長きにわたって受けたという。
2012年当時、まだイスラエル在住だった監督のナティーヴは、テルアビブのベン・グリオン空港で偶然、目にした新聞記事でブライオンの存在を知った。女優兼プロデューサーのジェイミー・レイ・ニューマンとの新生活をアメリカで始めるに当たり、長編映画の企画を練っていた彼は、祖父の勧めもあり、ブライオンの体験を映画化することを決意。世間と隔絶した場所で隠棲するブライオンを見つけ出し、ダリル・L・ジェンキンスとも交流するなど、4年に及ぶ彼らとのやりとりの中で脚本を仕上げていった。
勇気ある思想転向の道を走った男の再起の物語。ヘイト団体はアメリカ国内だけでも1,000以上、存在するという。うんざりするほどの現実である。もっとも、ネオナチの精神に心酔し、スキンヘッド&全身を刺青ずくめにする劇中の白人至上主義者の姿は、もはや類型的ともいえる様相。無論、アメリカ国民にとって重大かつ深刻な社会悪なのだが、日本の観客にとっては映画の題材として新鮮なものではないかもしれない。展開にしても常套のそれに映る可能性は高く、おそらく意外性はないだろう。差別をめぐるメッセージ性、社会性の部分は、だから、無茶をいえば後回しでも構わない。換言するなら、題材が衝撃的かどうかという安易な天秤測量だけでこの作品の是非を断じてはいけないということだ。
目を向けるべきは、主人公と周囲の人間をめぐる関係性、心の変遷を描くプロセスだろう。ナティーヴの語り口は総じて簡潔で、いたずらに残酷描写を押しつけたり、メッセージを難解に謳い上げたりするような野暮はない。ある意味、ひどく商業的ともいえる「見やすさ」があり、「愛」という名のもとの人格再生、「友情」という熱による事態打開をサラリとやってのける。編集のテンポ、映像の構成も軽快かつ明快。問題提起がまったく鼻につかない。感動の着地も忘れない。平たくいえば、うまい、のだ。職人的ともいっていい。よって、映像的な作家性を探すのがこの長編作品では困難ともいえ、アクの強い個性を求める観客には味気ないかもしれず、まして「中東出身ならではのアメリカ観」なんぞを期待しようとするなど不毛の骨頂だろう。この新進演出家はデリケートな題材を扱いながら間口の広い観客をとらえる手段、技術をすでに獲得している。そんな人材が日本できちんと紹介される。また楽しからずや、である。
役者陣ではジェイミー・ベルが好演。育ての母親役のヴェラ・ファーミガもさることながら、取調室でブライオンを罵倒する女性捜査官にメアリー・スチュアート・マスターソンという配役には驚かされる。ジョン・ヒューズ製作の『恋しくて』(1987)やジョン・アヴネット監督の『フライド・グリーン・トマト』(1991)の彼女に心を熱くした映画ファンにはうれしい脇のご褒美といったところ。
さらに幸いなことに、というべきだろう。一部の劇場では、ナティーヴがこの長編作品の直前に発表した短編『SKIN』(2018)が特別上映される予定なのだ。こちらは、長編『SKIN/スキン』(2019)の製作資金を募る目的で製作された作品で、白人と黒人の衝突を21分という枠でシンプルかつ鋭くえぐったもの。見応えは大きく、第91回アカデミー賞では短編実写映画賞を獲得。長編とは設定、物語を異にしており、2作品に共通する出演者はダニエル・マクドナルドのみ。ナティーヴの作家性を探るということでは、ドラマが端的にまとまっている分、こちらの方が訴求にこたえられるかもしれない。
公式サイトはこちら
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タイトル | アメリカン・ヒストリーX (原題:American History X) |
製作年 | 1998年 |
製作国 | アメリカ |
上映時間 | 119分 |
監督 | トニー・ケイ |
出演 | エドワード・ノートン、エドワード・ファーロング、ビヴァリー・ダンジェロ、ジェニファー・リーン ほか |
刺青を抱えた白人至上主義者の物語となると、やはりトニー・ケイ監督、エドワード・ノートン主演の『アメリカン・ヒストリーX』(1998)がすぐに思い浮かぶ。父親を黒人に殺されたことをきっかけに極右組織のメンバーになった男が殺人事件を起こして刑務所に服役。出所後、弟も組織のメンバーになっていることを知る、というお話。思想のゆがみが、やっぱり家族の問題にぶち当たる。卍のマークを左胸に刻んだスキンヘッド・ネオナチのノートンが圧巻。
ギリシャ出身の社会派コンスタンタン・コスタ=ガヴラス監督による『背信の日々』(1988)は、デブラ・ウィンガーのFBI捜査官が白人至上主義を掲げる組織の男(トム・ベレンジャー)と恋に落ちる物語。これもまたラブストーリーの光でアメリカの暗部を照らそうという仕掛け。
ダニエル・ラグシス監督の『アンダーカバー』(2016)では、FBI捜査官役のダニエル“ハリー・ポッター”ラドクリフが白人至上主義団体に潜入捜査する。スキンヘッド姿のラドクリフはちょっと新鮮。
スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』(2018)も実話を元にしているが、1970年代を舞台にKKK(クークラックス・クラン)へ黒人刑事が潜入捜査をするという、ちょっと信じがたい展開の作品。黒人刑事役がデンゼル・ワシントンの息子ジョン・デヴィッド・ワシントン。相棒のユダヤ人刑事に『スター・ウォーズ』(2015-2019)シリーズのカイロ・レンことアダム・ドライバー。
KKKを描いた作品は枚挙にいとまがないが、変わり種ということでは『トワイライトゾーン 超次元の体験』(1983)の第1話「タイム・アウト」などは面白いかも。差別発言丸出しの会社員(ヴィック・モロー)がナチス支配下のドイツ、KKKが暗躍するアメリカ、ベトナム戦争下のベトナムに「転送」され、それぞれの時代で差別を受ける人種の苦悶を自ら体験する、というもの。モロ-は、ベトナム人少年を抱えて戦場から脱出するというシーンを撮影中に、落下するヘリコプターの下敷きになって死亡。その責任の所在をめぐって裁判沙汰に発展してしまったことも、映画ファンには記憶がまだまだ新しいところか。
ブライオン・ワイドナーに関するドキュメンタリー作品も実は製作されている。そのテレビ用作品『Erasing Hate』(2011)は当然、ガイ・ナティーヴも視聴。長編『SKIN/スキン』の製作において、大切な指針となったようだ。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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