特集・コラム
映画のとびら
2020年8月28日
ようこそ映画音響の世界へ|映画のとびら #072
題名通り、映画の音響効果についてのドキュメンタリー映画。普段、ほとんど表に出ることのない裏方の才人、作業工程、音響の歴史などがテンポよく紹介される佳作である。監督を務めたのは1980年代半ばに数少ない女性の音響編集者としてハリウッド映画に参加し、後に『クリムゾン・タイド』(1995)と『アルマゲドン』(1998)でアカデミー賞の音響編集賞候補にもなったミッジ・コスティン。
簡単なイントロダクションのあと、映画はまずスティーヴン・スピルバーグの『プライベート・ライアン』(1998)の冒頭部分を参考例に出し、音響効果の重要性を具体的に観客に提示する。スピルバーグが登場していわく「最初の25分間(の音響制作)で数週間かかった」。次に、映画の音が大きく分けて「音楽」「効果音」「人の声」という三つの要素で構成されていることが図解で説明されると、1877年のエジソンによるフォノグラフ(蓄音機)の発明以来、映画の音がどういう歩みをしてきたかがざっと案内される。無声映画時代の工夫、トーキー映画の隆盛、音響編集という考え方の誕生、『キング・コング』(1933)における画期的な動物鳴き声の合成、オーソン・ウェルズがラジオ番組や『市民ケーン』(1941)で果たした功績、アルフレッド・ヒッチコックが『鳥』(1963)で見せた効果音だけで聴かせた緊張感……。折々の時代に、音に敏感だった映画人は確実に存在した。けれど、映画会社は往々にして同じような効果音を使い回し、決して各作品の個性に即した新しい音響効果を加えることはなかったのである。
「わたしが子どもの頃のハリウッドは輝きを失っていた」と厳しく断じたのが、この記事のトップに置かれた写真の男、ウォルター・マーチだ。ジョージ・ルーカス共々、フランシス・フォード・コッポラが主宰するゾーエトロープ・スタジオに在籍し、後にコッポラとの『地獄の黙示録』(1979/音響制作だけで2年以上かけた作品)で世界中の度肝を抜いた音響デザイナーだが、その彼を基点にハリウッド映画をめぐる音響の革新は成った、とするのが本作品の趣旨としていい。続いて『スター・ウォーズ』(1977)のベン・バート、『トイ・ストーリー』(1995)のゲイリー・ライドストロームという、それぞれルーカス作品、ピクサー作品で注目を集める音響マンが重要人物として紹介されるに及び、ちょっと視点がサンフランシスコ拠点の映画人寄りではないかとの不満を漏らすマニアもいそうだが、同時に一般的な語り口をもたらしているのも確かだろう。作品として見やすく、わかりやすい。撮影現場での生音を拾う仕事、現場の音をさらに濾過(ろか)する台詞の編集、新たに手作業で効果音を作るフォーリーの仕事、生録音源を差し替えるアフレコ作業、そして最終的にすべての音を調整するリレコーディング(ダビング/ミックスダウン)作業など、音に携わる細部の人間への目線、とりわけ女性技師の声が反映されているあたりも、この時代、この女性監督ならではのこまやかな配慮である。『トップガン』(1986)に登場する戦闘機のエンジン音に動物の声が合成されているという逸話を目にするだけでも興奮する観客もいるのではないか。
映画における音の重要性については論じるまでもないこと。ただ、実際に映画の音にどれだけの観客が自覚的なのか。恐らく多くの人は、達人の技術に浴し、何ら意識することなく映画を最後まで楽しんでいることだろう。この映画はそんな一般観客のための音の案内書=入門書である。映画で鳴っている音にはどれほどの数の人間がかかわり、どれほどの時間を割いているのか。その裏側を知ることで、映画の景色がきっと別の形で見えてくる。より深みをもって迫ってくる。これからは長々と続く映画のエンド・クレジットにも、音響スタッフの名前を追って目を走らせるような習慣がついてくるかもしれない。
音響制作のすごみを実感する最良の方法は、最高の時間と技術を投入するハリウッドでの実作業を間近でつぶさに見学することだろう。そこでは、いい音が生まれるのは機械ではなく、音を扱う技師のセンスによることが大きいことも判明するはずだから。もちろん、通常、それはなかなかかなわないこと。ならば、すぐれた耳を持つ音響マンの仕事に対して、せめて耳はそばだてるようにしておきたい。時には、思い切って目を閉じて、映画の中に刻まれた音を耳だけで追っても楽しいのではないか。
耳をおろそかにしてはいけない。目に頼ってばかりじゃもったいない。耳を使おう。映画を聴こう!
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タイトル | すばらしき映画音楽たち (原題:Score: A Film Music Documentary) |
製作年 | 2016年 |
製作国 | アメリカ |
上映時間 | 93分 |
監督 | マット・シュレーダー |
出演 | ハンス・ジマー、ダニー・エルフマン、ジョン・ウィリアムズ、クインシー・ジョーンズ、ジェームズ・キャメロン |
映画『ようこそ映画音響の世界へ』(2019)が音響全般に関する入門編とするなら、『すばらしき映画音楽たち』(2016)は音楽のみに焦点を合わせた「映画音楽を知る入門書」である。個々の作曲家に焦点を合わせるわけでなく、映画音楽全般を見渡そうとした記録映画はほとんどなく、その意味では『ようこそ映画音響の世界へ』同様、なかなか見られないタイプの希少作といっていい。
基本、ハリウッド映画の話題が中心となっており、現代に至る「歴史」も顔をのぞかせるが、そういった縦軸よりも横軸、すなわち現代の作曲家たちの考え方、手法の紹介が尺の大部分を占めている。そもそも、監督を務めたマット・シュレイダーなる人物が『ダークナイト』(2008)を機に映画音楽への興味を募らせた人物で、その音楽担当ハンス・ジマーに面会したことが映画製作の第一歩だったというのだから、さもありなんといったところ。要するに、監督自身が映画音楽に関してまるで初心者。結果、古い話は少なく、新しい映画のネタが多くなったわけで、恐らく若い映画ファンほど楽しめる内容だろう。
『ようこそ映画音響の世界へ』でもジマーは顔を出しており、現代の映画音楽ファンにとってはクリストファー・ノーラン作品などを通じて、もはや神様的な存在。音響面のスタッフにお気に入りの技師を指名できる権利も持っているとのことで、業界的にも一目置かれている作曲家である。映画音楽に詳しくない人はそういう人物がいるという事実を知るだけでも勉強になるであろうし、ジマーへの関心を通じて古い時代の作曲家に耳を向けるきっかけになるのであれば、なおのこと楽しみを持つことができるだろう。
『ようこそ映画音響の世界へ』も『すばらしき映画音楽たち』も訴えていることは同じである。映画から届く響きに耳を傾けてみよう。耳を澄ましてみよう、ということ。音を知ると映画はもっと面白くなる。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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