特集・コラム

映画のとびら

2020年10月8日

マロナの幻想的な物語り|映画のとびら #079

#079
マロナの幻想的な物語り
全国公開中(10月10日より「あつぎのえいがかんkiki」にて公開)


© Aparte Film, Sacrebleu Productions, Mind’s Meet
『マロナの幻想的な物語り』レビュー
好奇心の羽根を羽ばたかせよう

 心優しい小型犬のほろ苦い半生を独特の映像処理の中に描くフランス、ルーマニア、ベルギー合作のアニメーション。フランス製傑作アニメーション『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(2015)を製作したロン・ディアンスがプロデュースを担当。監督は、ルーマニア出身の女性監督アンカ・ダミアン。東京アニメアワードフェスティバル2020ではコンペティション部門でグランプリを受賞。

 愛らしい白黒模様のメス犬・マロナは、アルゼンチン・ドゴ種の父犬と元野良犬でペキニーズ種の母犬のもと、末っ子として誕生した。このときの名前は、9番目に生まれたから「ナイン」。母犬から「自分の身を守るため、人間の言葉が理解できないとダメ」と教えられて育った彼女は、ある日、父犬の住む豪邸にもらわれていくが、飽きられてしまったのか、ほどなくして街中へ捨てられてしまう。新たなご主人は、酒場でやけ酒をしていた曲芸師の青年マノーレだった。彼から新しくアナという名をつけられると、マノーレとともに路上パフォーマンスや営業に帯同し、集金の手伝いをすることに。マノーレの大道芸は大好評。やがて、サーカス団からも勧誘が来るが、サーカスに入るとなるとアナを連れていくことができない。マノーレは誘いを明るく一蹴したが、心の中は後悔の念でいっぱいだということをアナはわかっていた。マノーレの幸せを考えて、アナは自らの意志で部屋をあとにする。彼女に安住の地はあるのだろうか。

 曲芸師のマノーレ、大工のイシュトヴァン、少女のソランジュと、飼い主が変わるごとに、アナ、サラ、マロナと名前を新しくしていく小型犬の物語は、ある意味「流転」という表現が似つかわしい。犬の視点、犬のモノローグで進める構成がファンタジー性こそたたえているものの、お話自体は現実的であり、それをまた犬自身が達観して回顧するものだから、いよいよ凡百の動物映画とは様相を異にしている。ここに型どおりの友情劇やメロドラマを期待したりしてはならない。ラストに至っては驚くほど簡素に「事態」が片付けられており、物語に重点を置いて映画を見ている人ほどあっけない印象を抱くのではないか。換言するなら、ドラマだけに魅力を探ろうとしていては、はなはだもったいない作品だということである。

 映像的には「アート」といっていい。犬の目から見た「世界観」は実にユニークで、街や森、建物、車などの情景描写はもちろん、登場する人間たちも一部を除いてほぼ抽象化され、街にあふれる人々に至ってはもはや人間の体をなしていない。顔があればまだいい方で、影だけの描写もあれば、鳥や魚同然の姿をしているのもある。なんという大胆な作画造形、制限を課さない構図だろう。手描きのよさを踏まえつつ、CG処理も自在に施していて、ここ最近の日本の長編アニメーションではちょっとお目にかかれない表現を生み出している。物語の現実性とあえて正反対の位置に置いた映像処理、そこから生み出される迷宮的、万華鏡的な絵の広がり。ここまでアニメーションは自由になれる。まだまだアニメーションは自由にできる。「イマジネーション豊か」という表現は、この映画のために使うべきなのではないか。

 恐らく、常識的で堅物の観客ほど戸惑い、驚きを隠せない作品だろう。裏返せば、どれだけこれを柔軟に受け止め、自由に羽ばたくことができるのか、それが試されている作品ともいえる。

 気楽に楽しもうとするにはちょっと残酷な物語でもある。でも、ほんの少しの興味と勇気をもって接するなら、滅多にない個性的なアニメーション体験が味わえることも確か。フランス人作曲家パブロ・ピコによる劇音楽も見事。心をオープンにして、好奇心という羽根をどこまでも伸ばしていただきたい。

 日本語吹替版では、のんがマロナを演じている。オリジナル音声とは別種の雰囲気、後味を醸し出しており、その両方を比較して見るのもきっと面白いはずだ。

 全国公開中(10/10よりあつぎのえいがかんkikiにて公開)
原題::L’extraordinaire voyage de Marona(英題:Marona’s Fantastic Tale) / 製作年:2019年 / 製作国:フランス・ルーマニア・ベルギー / 上映時間:92分 / 配給:リスキット / 監督:アンカ・ダミアン / 声の出演(日本語版):のん、小野友樹、平川新士、原涼子、夜道雪、笹島かほる、南條ひかる、川上晃二、浅水健太朗、拝師みほ、武藤志織、駒形友梨、弦徳、林瑞貴、福山あさき
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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