特集・コラム

映画のとびら

2020年10月23日

空に住む|映画のとびら #083

#083
空に住む
2020年10月23日公開


©2020 HIGH BROW CINEMA
『空に住む』レビュー
映画も女性もこれからもっと自由になる

 人気作詞家の小竹正人が処女小説『空に住む』(2013年刊)とともに発表した小説のための主題歌《空に住む~Living in your sky》をもとに、『EUREKA ユリイカ』(2000)、『共喰い』(2013)の青山真治が脚本を書き、監督も兼ねて仕上げた現代女性の物語。共同脚本として『東南角部屋二階の女』(2008)、『スタートアップガールズ』(2019)の女性監督・池田千尋がクレジットされている。

 交通事故で両親を亡くした小早川直実(多部未華子)28歳は、叔父の雅博(鶴見辰吾)の厚意で、都心の高層マンションに住むことになった。なんだか落ち着かない39階からの見晴らし。連れは、人見知りの激しい愛猫のハルだけ。そのハルを一匹だけ残して、新居から郊外へと毎日、移動するのが直実の日課である。古民家を社屋にする小さな出版社が直実の勤務先。居間のような勤務室で隣に座るのは、婚約者がいながら別の男との子どもをお腹に宿している後輩の愛子(岸井ゆきの)で、問題の「別の男」とは直実が過去に担当編集者を務めていた作家の吉田(大森南朋)だった。家に戻ると、叔父の妻・明日子(美村里江)が母親ばりに世話を焼いてくれる日々。直実がいなくても勝手に部屋に入ってくる人だ。そんなある日、直実はマンションのエレベーターでオーラを放つ男と遭遇する。その男は、マンションの前に掲げられたビルボードのモデル=人気俳優の時戸森則(岩田剛典)だった。いつしか森則を自室へ通す仲になった直実は、徐々に身も心も彼に許していってしまう。ハルの異変に気づいたのは、ほんの少しあとのことだった。

 物語だけを眺めるなら、アラサー20代女性の日常グラフィティー。現代女性の悩みや葛藤が定番どおりに描かれているように映るが、実はそう単純な作品ではない。ちまたにあふれるコミック原作の映画を見るような気分で出かけると、キャラクターの行動にも感覚にも驚くのではないか。少なくとも、個人的にはこれほど理解のできない作品は最近なかった。これほど登場人物への共感から遠い物語はなかった。それは嫌悪感とは別種のもので、新しい「世界」に面食らった、とする方が正しい。

 タワーマンションでの描写では、だれもかれもがワイングラスかシャンパングラスでお酒を飲んでいる。いつもだ。ペットボトルなど見かけない。湯飲み茶碗などこの世界では骨董品になっているのだろうか。都会の象徴とはいえ、戯画的すぎるだろう。ドライと片づけるにしては少々、乾きすぎているのではないか。では、生活感が全くないかといえば、そうでもない。かといって、生活感に満ちているともいいがたい。男女関係の帰結も含め、なんとも不思議な様式、感覚が随所にあふれている。

 年齢によって受け取り方が大きく異なる作品なのかもしれない。シニアにとっては決定的に人間的情緒が欠けているように見えても、若い世代にとってこれは実に的を射た都市感覚、現代的感性なのだろう。来るべき次代にジャンプするための、来るべき映画。そういう次代の節目が到来したともいえる。

 たとえば1960年代に石原裕次郎×芦川いづみの『あいつと私』(1961)や加賀まりこ主演の『月曜日のユカ』(1964)が現れたように、たとえば1970年代に萩原健一の『青春の蹉跌』(1974)や水谷豊×原田美枝子の『青春の殺人者』(1978)、奥田瑛二×森下愛子の『もっとしなやかに もっとしたたかに』(1979)、三田村邦彦×中山麻理の『限りなく透明に近いブルー』(1979)、桃井かおり主演の『もう頬づえはつかない』(1979)がそろい踏みしたように、また1980年代に浅野温子主演の『スローなブギにしてくれ』(1981)や永島敏行×石田えりの『遠雷』(1981)、田中美佐子主演の『ダイアモンドは傷つかない』(1982)が作られたように、映画『空に住む』は「役目」をもって生まれたのではないか。ただ、歴々の古典とは異なり、青山真治や多部未華子に体制への反発や世代/社会への抵抗の意識はたぶんない。もっと実体を伴わない何かに触発されているのか。わからない。わからないからこそ、刺激が募る。経験したことがない何かがここにはある。それがうれしい。それがまぶしい。

 正確には、現代を見つめた、というより、もう半歩先を見越して女性とその日常を描いた作品、というべきか。多部未華子のヒロインが若い女性の平均的な存在だとするなら、庶民性を帯びた女優がまとったからこそ、最も先んじた現代的な感覚=若い世代には当然のそれは、より際立ったといえる。「なんだか空に住んでいるみたい」という直実の独り言は、タイトルにこびただけのそれではなく、ふわふわとつかみどころのない人生を送る現代の女性たちに重ねられたものかもしれない。

 青山作品で強いて挙げるなら、三浦春馬主演の『東京公園』(2011)が雰囲気に近いものがあるだろうか。少なくとも、『共喰い』でも、直近のテレビドラマ『金魚姫』(2020)でもない。自身のリピートに終わらず、類似作品も喚起させない作家としての意志の強さ、努力には頭が下がる。

 簡単に「新感覚の作品」と片づけるなかれ。こういうタイプの作品をどれだけ正面から受け止められるか。映画も女性も、これからもっと自由になる。自由にならなければならない。

 10月23日(金)全国ロードショー
原題:空に住む / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:118分 / 配給:アスミック・エース / 監督・脚本:青山真治 / 出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、鶴見辰吾、岩下尚史、髙橋洋、大森南朋、永瀬正敏、柄本明
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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