特集・コラム

映画のとびら

2020年10月30日

おらおらでひとりいぐも|映画のとびら #085

#085
おらおらでひとりいぐも
2020年11月6日公開


© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会
『おらおらでひとりいぐも』レビュー
私は私らしく、ひとりで生きていく

 作家・若竹千佐子が2017年に発表し、文藝賞と芥川賞をダブル受賞した同名デビュー小説を、『南極料理人』(2009)、『キツツキと雨』(2012)、『モリのいる場所』(2018)などで知られる沖田修一の脚本、監督で映画化。田中裕子を75歳になる主人公に据え、ひとり暮らしの老婦人の1年を独自のタッチで、ユーモラスに、しっとりとつづっていく。

 日高桃子(田中裕子)は、今日もひとりの時間を過ごしていた。子どもたちに手がかからなくなってからまもなく、夫の周造が世を去り、今や桃子は2階建ての自宅で空き部屋を持て余すかのように、ひとり暮らしを続けている。雨の夜、こたつに座ってお茶を飲んでいると、目の前で駆け回る子どもたちを若い女性がいさめているのが映った。そこに「ただいま」と言って帰ってきた男。若い女性は若い頃の桃子(蒼井優)、男は若い時分の夫(東出昌大)。駆け回るふたりの子どもは桃子の息子と娘だった。ふと気づくと、そこは元の暗闇。ありし日の家庭を思い出した桃子は岩手弁でつぶやく。「おらの頭、この頃、なんぼかおかしくなってきてんでねえべか」。声の主は若い頃の桃子である。またふと気づくと、どこからともなく3人の男(濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎)がこたつを囲んでいた。「なんでもかんでもトシのせいにするのはいくね」と桃子を茶化す彼らもまた、桃子の心に住む「寂しさ」が形となったものだった。桃子には話す相手がほとんどいない。いたとしても、かかりつけの病院の医師(山中崇)か、自動車販売員(岡山天音)か、図書館の職員(鷲尾真知子)くらい。孫を連れて遊びに来る娘(田畑智子)などは、世間話もそこそこにお金をせびる始末。そんなある日、桃子は弁当を作り、リュックを背負って外へと歩き出した。

 老いの孤独を描く、とだけ記すと、閉塞的で暗い悲劇を連想するかもしれないが、全体的には喜劇調の娯楽性豊かな仕上がり。「寂しさ」や「どうせ」(六角精児)といった感情の擬人化は沖田修一が映画用に発案したもので、彼らと桃子の掛け合いはどこかコントにも似て、時に騒々しいほどにぎやか。ある瞬間には居間がディナーショーの会場と転じ、マイクを持った桃子が愚痴を歌にして熱唱したりもする。桃子のひそかな興味が古代生物や地球の歴史にあるというのも悲哀から遠く、映画の冒頭には2分間にもわたって地球の誕生からホモサピエンスの誕生までを描く大がかりなアニメーションまで登場。何も知らずに劇場に入った観客は、別のSF映画に間違って入ってしまったかもと驚かされるのではないか。

 老いた桃子ばかりが描かれるわけではない。折々に若い頃の桃子が回想形式で描かれることも、物語に動きを与えている。東京オリンピックの年、お見合いの席から逃げ出した20歳の桃子は故郷の岩手から着の身着のまま東京へ。そば屋などで働くうちに夫と知り合い、結婚し、子をもうける。笑顔のあふれる日々。でも、それが本当に望んだ幸せだったのか。夫亡き後の人生とは何だったのか。桃子の魂は揺れ動く。

 煎じ詰めれば、ひとりの老婆の自問自答の物語。娯楽性豊かな「脳内会議」が満載とはいえ、孤独な日々の描写に変わりはない。では、ただの「足踏み」で終わっているかといえば、そんなこともなく、恐らく半歩だけ、桃子の生活は前向きに変化する。そのわずかな、でも確かな半歩のために、沖田修一は2時間18分という長い尺を使った。テキパキとやったら、1時間半程度に収まったかもしれない。しかし、何でもない日常や仕草をじっくり、ゆったり見つめるのがこの監督の個性。『横道世之介』(2012)ではひとりの青年の物語のために2時間40分を使った。同じ空気がここにもある。変わらぬ時間が流れている。

 当然、沖田演出は好みが分かれる。「擬人化」が気に障る人もいるだろう。長尺の語り口も万人向けとは決していえない。ただ、沖田修一は人間をとことん優しく見つめる。人間を温もりで包み込む。そのまなざしは決して後ろ向きの答えを用意しない。やわらかい後味に作り手の「らしさ」もまぶしく輝いた。

 11月6日(金)公開
原題::おらおらでひとりいぐも / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:137分 / 配給:アスミック・エース / 監督・脚本:沖田修一 / 出演:田中裕子、蒼井優、東出昌大、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎、田畑智子、黒田大輔、山中崇、岡山天音、三浦透子、六角精児、大方斐紗子、鷲尾真知子
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C) 2017「モリのいる場所」製作委員会
HUMANFAMILY
タイトル モリのいる場所
製作年 2017年
製作国 日本
上映時間 99分
監督・脚本 沖田修一
出演 山﨑努、樹木希林、加瀬亮、吉村界人、光石研

沖田修一の映画たち

 今年43歳を迎える沖田修一は、日本大学芸術学部映画学科出身。2002年、短編映画『鍋と友達』で第7回水戸短編映画祭のグランプリを受賞。長編デビュー作『このすばらしきせかい』(2006)発表した後、最初の商業用長編『南極料理人』(2009)で早くも大きな注目を集めた。

 堺雅人を南極観測隊の調理担当役に配した同作品は、南極での隊員たちの日常をほのぼのと描き、新藤兼人賞や藤本賞も獲得。現在に至る沖田の作風を鮮やかに打ち出した。

 続く『キツツキと雨』(2012)は役所広司と小栗旬が主演。それぞれ木材伐採人、新人映画監督にふんし、山間でゾンビ映画を共に作り上げていくという喜劇。『南極料理人』共々、沖田作品ビギナーにはうってつけの快作といえる。ドバイ国際映画祭で最優秀男優賞、最優秀脚本賞、最優秀編集賞を、第24回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。

 吉田修一の同名小説を映画化した『横道世之介』(2013)では、ブルーリボン賞の作品賞と主演男優賞を獲得。高良健吾のタイトルロール、ヒロイン役の吉高由里子がともに好演。

 演技経験のない女性7人を主役にした『滝を見に行く』(2014)、松田龍平と柄本明主演のオフビート・コメディー『モヒカン故郷に帰る』(2015)は、いずれも何気ない野心作。

 山﨑努と樹木希林の夫婦役による『モリのいる場所』(2018)のスマッシュヒットは記憶に新しい。30年間、一度も家から出なかった老画家とその妻ののどかな物語で、『おらおらでひとりいぐも』につながる題材といっていいかもしれない。

 新作に、上白石萌歌主演、コミック原作の青春映画『子供はわかってあげない』(2021)がある。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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