特集・コラム

映画のとびら

2020年11月13日

シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!|映画のとびら #088

#088
シラノ・ド・ベルジュラックに
会いたい!
2020年11月13日公開


©2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,
『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』レビュー
世界中で愛されるキャラクターはこうして生まれた

 『シラノ・ド・ベルジュラック』といえば、19世紀末に劇作家エドモン・ロスタンが29歳で書き上げたフランスを代表する人気戯曲。並はずれて大きな鼻を持つ銃士がつむぐ、なんとも清らかで切ない恋の物語。その誕生の背景にはいったいどんなドラマがあったのか。2016年に初演され、モリエール賞を5部門で受賞した同名舞台劇を、舞台版の台本、演出を務めたアレクシス・ミシャリクの脚本と監督で映画化。ミシャリクにとっては、これが長編劇映画デビューとなった。

 時は1897年。劇作家にして詩人のエドモン・ロスタン(トマ・ソリヴェレス)は、鳴かず飛ばずの日々を2年も過ごしていた。子どももふたり抱えて、妻のロズモンド(アリス・ドゥ・ランクザン)も気が気でない。そんなある日、何かと才能を買ってくれている大女優のサラ・ベルナール(クレマンティーヌ・セラリエ)の口利きで、エドモンは名優コンスタン・コクラン(オリヴィエ・グルメ)に面会することになる。新作がひとつも手元にないエドモンは、知的なバーの黒人店主オノレ(ジャン=ミシェル・マルシアル)の知恵も借り、主人公を「17世紀の銃士。奇妙な鼻を持つ男だが、行いは華麗。モデルは剣術家で作家のシラノ・ド・ベルジュラック」とすることで見切り発車。しかし、コクランからの要望は喜劇。しかも、開幕までの期限は3週間だった。シラノはあくまでモデル。彼の評伝のままでは到底、喜劇にならない。再び困り果てたエドモンだったが、友人のハンサム俳優レオ・ヴォルニー(トム・レーヴ)の思い人であり衣装係のジャンヌ(リュシー・ブジュナー)へのラブレター(詩文)をレオに代わって代筆することで、どんどん物語の構想をふくらませていくのだった。

 どこまで真実なのか不明だが、とにかく劇作家をめぐる事件の数々が新作戯曲の内容へと昇華していくという筋立て。となれば、映画ファンが思い出すのが『ロミオとジュリエット』誕生の背景を描いたアカデミー賞作品賞受賞作『恋におちたシェイクスピア』(1998)だろう。それもそのはず、原案者でもある監督自身が『恋におちたシェイクスピア』を初公開時に見て「なぜフランスでこういう作品ができないのか」と思ったのがそもそもの発端なのである。戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の背景を調べたのち、まず映画用の企画として進めたものの、周囲の理解は得られず、製作費がどうしても集まらない。このとき、アレクシス・ミシャリク、30歳。そこで、舞台用に脚本を書き直したところ、これが2016年に大当たり。一転して、映画化のための資金の目処がついたという。舞台用に書き直した理由も『恋におちたシェイクスピア』の舞台版がロンドンで評判をとっていたから、というのも面白い。

 では、二番煎じに過ぎない作品かといえば、そんなことはない。『シラノ・ド・ベルジュラック』の物語を知っている人なら、主人公が台本を書いている最中に遭遇するトラブルの一切がいちいち戯曲の元ネタに重なるものだから、トリビア的楽しみがたっぷりと味わえるだろう。喜劇展開も手伝って、やがてどれが史実でどれがウソなのか、どうでもよくなってくる。たとえ『シラノ・ド・ベルジュラック』にふれたことのない観客であっても、物語が徐々に組み上がっていく過程はスリリングに映るはずだ。それどころか、公演直前までには『シラノ・ド・ベルジュラック』のあらすじがすり込まれるように構成されている。つまり、観客に物語の全体を理解してもらったうえで、映画はクライマックスの公演本番を描くのだ。

 戯曲のオチまでさらけ出しながら、いや、さらけ出しているからこそ、ラスト30分の見ごたえは大きい。物語の進行における俳優や関係者たちの動きが明快となり、最後の最後まで襲うトラブルに対して彼らがどう対処し、工夫するかが痛快に跳ね返ってくる。何より、夕暮れの木陰を描くラストシーン。芝居の物語が終わりを迎えるころには、その美しさに思わず涙を流している観客も多いのではないか。

 公演直前には、黒人店主にハッパをかけられた演劇人が奮起し、空席を埋めるための太っ腹な代償まで明るく頼もしく表現されている。『シラノ・ド・ベルジュラック』の誕生のからくりだけではない。その初演を成功させるための結束が何よりも劇的であり、この作品最大の見どころといっていい。作家の孤軍奮闘だけで成功は生まれない。団結によって初めてそれははぐくまれる。それを最も思い知っている人物こそ、この映画の監督アレクシス・ミシャリクだろう。この映画には、そんな作家の本音も刻まれている。だから、胸が熱くなる。結束の温もりに感動する。

 アレクシス・ミシャリクは、処女長編ながら、演出的に停滞するところがほとんどなく、カメラワークも語り口もなめらか。演劇出身にありがちな映像の閉塞感もなく、とりわけ公演描写などではステージを広く躍動的に使っていて見事といっていい。エンドクレジットでは、歴代の「シラノ俳優」を写真と映像で列挙。実物のコンスタン・コクラン、ジャン・マレー、ホセ・フェラー、ジェラール・ドパルデューなどなど。初演から120年あまり。どれほどこの物語、このキャラクターが世界中で愛されてきたか。戯曲を翻案した日本映画『或る剣豪の生涯』(1959)とアメリカ映画『愛しのロクサーヌ』(1987)、それぞれの「シラノ」役(三船敏郎/スティーヴ・マーティン)の顔を思い出すファンもいるかもしれない。

 11月13日(金)より全国ロードショー
原題::Edmond / 製作年:2018年 / 製作国:フランス / 上映時間:112分 / 配給:キノフィルムズ/東京テアトル / 監督・原案・脚本:アレクシス・ミシャリク / 出演:トマ・ソリヴェレス、オリヴィエ・グルメ、マティルド・セニエ、トム・レーブ、リュシー・ブジュナー
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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