特集・コラム

映画のとびら

2021年1月21日

どん底作家の人生に幸あれ!|映画のとびら #098

#098
どん底作家の人生に幸あれ!
2021年1月22日公開


(c)2019 Dickensian Pictures, LLC and Channel Four Television Corporation
『どん底作家の人生に幸あれ!』レビュー
人生も空想も自由に羽ばたかせたい!

 イギリスの文豪チャールズ・ディケンズ(1812-1870)が1849年に発表した古典小説『デイヴィッド・コパーフィールド』を映画化。ディケンズ自身がお気に入りの原作であり、これまで何度も映像化が試みられてきた作品だが、その中でもとびきりにコミカルで個性的な仕上がりとなっている。タイトルロールを演じるのは『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)、『LION/ライオン~25年目のただいま~』(2016)、『ホテル・ムンバイ』(2018)のデヴ・パテル。監督は『スターリンの葬送狂騒曲』(2017)に続き、これが長編第3作となるイギリス出身の新鋭アーマンド・イアヌッチ。第63回ロンドン映画祭(London Film Festival)では、オープニング作品として上映され、脚本賞を受賞している。

 時はヴィクトリア朝(1837-1901)時代。父親を早くに失ったデイヴィッド・コパーフィールドは、優しい母親クララ(モーフィッド・クラーク)の庇護のもと、空想好きで素直な少年に育っていた。その幸せな日々も、母親に再婚相手が現れたことから崩れ始める。継父はデイヴィッドを、お人好しだが貧しくて変わり者のミコーバー(ピーター・キャパルディ)のもとへ厄介払いするだけでなく、瓶詰め工場へと奉公させた。工場勤めの極貧時代は長く続き、やがて青年になったデイヴィッド(デヴ・パテル)には母の死の知らせが継父より届く。それもすでに埋葬済みとのこと。怒りに震えるデイヴィッドは「僕にはもっとふさわしい人生がある!」と叫ぶや、工場に見切りをつけ、唯一の身内である伯母のベッツィ・トロットウッド(ティルダ・スウィントン)の邸宅へと駆け込む。同居人のミスター・ディック(ヒュー・ローリー)はミコーバー以上に変人だったが、トロットウッド夫人とともにデイヴィッドの文才を高く買ってくれ、会計士のウィックフィールド(ベネディクト・ウォン)が所有するカンタベリーの学校へ入学させてくれた。もっとも、その学校にも、その後学友となる口の悪いスティアフォース(アナイリン・バーナード)、野心たけだけしい世話係のユライア・ヒープ(ベン・ウィショー)などの変わり者がいっぱい。さらに卒業のとき、デイヴィッドは犬と会話する美女ドーラ・スペンロー(モーフィッド・クラークの二役)に心を撃ち抜かれ、彼女の父親が営む法律事務所で事務弁護士として働くことを決意するのだった。

 文庫本にして全5巻に及ぶ長編原作を、まさに2時間の尺の中で「駆け抜けた」という印象。細かいカッティングでつむがれた映像は、めまぐるしいほどの登場人物紹介と状況描写を重ねつつ、来たるべき人生のゴールに向かって邁進する。原作を知っている人間でも、どこへどう物語が転んでいくのかわからない瞬間があり、空想とも現実ともはかりかねる映像交錯もあいまって、最後までスリルに事欠かない。

 原作を知らない人間はもとより、知っている人間でも戸惑うのは、単に展開が早いからだけではない。具体的には、さまざまな人種のキャスティングが施されているあたりが本作最大の「アレンジ」として差し支えなく、たとえば原作小説はディケンズの自伝的要素が濃いことで有名なのだが、その伝で構えていると、まず主人公がインド系俳優によって演じられていることに腰を抜かすだろう。無論、ディケンズはインドの人ではない。当然ながら、これまでの映像化作品でもほとんどの登場人物がイギリスの俳優によって占められており、それがすなわち伝統でもあった。監督のアーマンド・イアヌッチの大胆さは、主人公の配役にとどまらず、その母に白人、伯母の会計士にアジア系、その娘にアフリカ系と、劇中の血縁関係すらほとんど人種の系列を無視したところにあり、さらにそこに何の説明も解釈も加えず、さも当然のようにドラマを編んでいる部分にある。「なるべく多彩なキャスティングにしたかった」とは監督の弁だが、これは、単なる伝統への反発ということでもなく、現代の人種差別問題への回答ですら恐らくあるまい。そんな狭義の体裁やメッセージ性がいかに面はゆいことかなど、この新鋭監督は先刻承知のはずなのだ。

 たとえば、前作『スターリンの葬送狂騒曲』では旧ソ連の最高指導者ヨシフ・スターリン(1878-1953)の死と政権交代が描かれたわけだが、あの目も背けたくなるような粛正の嵐と政治の闇を、イアヌッチは驚くほど軽い口当たりをもって笑いに昇華させており、やはりデイヴィッド・コパーフィールドという作家の卵が過酷な運命をたどるディケンズの物語においても同様のユーモラスな視点を崩さなかった。精神性においては、両作品は一種の姉妹編ともいうべき関係にあるだろうか。そもそも、ディケンズの原作にもコパフィールドの厳しい境遇に対して笑いを持って処する筆致が随所にあり、そのどこまでもポジティブな姿勢の共通においては、新たな映像化の監督にふさわしい人物だったともいえる。少なくとも、空想の面白さを叫ぶ主人公のキャラクターを思えば、人種混在の配役などは実に理にかなったものではないか。想像の羽ばたきも人生も、どこまでも自由でありたい。そんな古今の「作家」の声が聞こえてくるかのようである。

 俳優陣について記すなら、コパフィールドを演じるデヴ・パテルは表情も芝居も伸びやかで快調。いわくありげなヒープをベン・ウィショーが、変人ディック氏をヒュー・ローリーがイメージそのままの芝居で見せてくれる喜びの一方で、『オルランド』(1992)以降、怪女優の名をほしいままにしているティルダ・スウィントンが最も伝統的な伯母の役回りに落ち着いているのには逆にビックリ。

 重ねて書くが、これはディケンズ文学の映画化作品としてはかなり変化球である。奇天烈にして特殊な翻案喜劇、とまで断言してしまおうか。もしこの作品に興味が募ったのなら、過去の映像化作品だけでなく、ディケンズの原作にも手を伸ばしてみてはいかがだろうか。世界中の作家たちが称賛してやまない確かなストーリーテリングの手ごたえとともに、また新たな想像の世界が開けること請け合いである。

 1月22日(金)全国順次ロードショー
原題::The Personal History of David Copperfield / 製作年:2019年 / 製作国:イギリス・アメリカ / 上映時間:120分 / 配給:ギャガ / 監督:アーマンド・イアヌッチ / 出演:デヴ・パテル、ピーター・キャパルディ、ヒュー・ローリー、ティルダ・スウィントン、ベン・ウィショー
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

TM, (R) & Copyright (C) 1988 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
COMEDYFANTASY
タイトル 3人のゴースト
(原題:Scrooged)
製作年 1988年
製作国 アメリカ
上映時間 100分
監督 リチャード・ドナー
出演 ビル・マーレイ、カレン・アレン、キャロル ケイン

ディケンズの原作が生んだ名作たち

 『デイヴィッド・コパーフィールド』に限らず、チャールズ・ディケンズの小説はサイレント映画時代のかねてより映像化の機会を多く持っている。

 最もポピュラーな作品は『クリスマス・キャロル』(1843年発表)だろう。守銭奴のさもしい男が現在、過去、未来とタイムトラベルをして改心する物語は映像作品でも人気で、とりわけアルバート・フィニーとアレック・ギネスが出演したロナルド・ニーム監督版『クリスマス・キャロル』(1970)は、レスリー・ブリッカスによる鮮やかな歌曲にも彩られ、現在でもまったく魅力を損ねていない。翻案化作品では、ビル・マーレイがリチャード・ドナー監督と組んだ『3人のゴースト』(1988)なる喜劇や、ロバート・ゼメキス監督がパフォーマンス・キャプチャー技術を駆使したジム・キャリー主演による3DCG作品『Disney’s クリスマス・キャロル』(2005)などという作品もある。

 『デイヴィッド・コパーフィールド』に味わいが近いということでは『オリバー・ツイスト』(1838年発表)もある。こちらは、孤児の少年がいじめや窃盗団とのトラブルを乗り越え、幸福をつかむまでの物語。『アラビアのロレンス』(1962)や『ドクトル・ジバゴ』(1965)で知られる名匠デヴィッド・リーンが監督した『オリヴァ・ツイスト』(1947)をはじめ、ミュージカル翻案版『オリバー!』(1968)、ディズニーによるアニメーション翻案の『オリバー/ニューヨーク子猫ものがたり』(1988)、ロマン・ポランスキー監督版『オリバー・ツイスト』(2005)などがある。

 そのほか、ラルフ・トーマス監督、ダーク・ボガード主演版『二都物語』(1957)や、やはりディケンズの半自伝的な物語をイーサン・ホークとグウィネス・パルトロウの共演で描いたアルフォンソ・キュアロン監督版『大いなる遺産』(1998)など、同名原作とはまた別の魅力を放つ映像化作品も少なくなく、小説共々、じっくりと追いかけていただきたいところである。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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