特集・コラム

映画のとびら

2021年2月5日

すばらしき世界|映画のとびら #100

#100
すばらしき世界
2021年2月11日公開


©佐木隆三 /2021「すばらしき世界」製作委員会
『すばらしき世界』レビュー
役所広司から目が離せない

 『ディア・ドクター』(2009)、『夢売るふたり』(2012)、『永い言い訳』(2016)などの彫りの深い人間ドラマで知られる映画監督・西川美和が、ノンフィクション作家・佐木隆三の伊藤整文学賞受賞小説『身分帳』(1990年刊)を下敷きに編んだ感動作。13年ぶりに社会に出た元殺人犯の葛藤と再生を描く。主人公に役所広司、彼を追いかける駆け出しの作家に仲野太賀、作家に主人公の取材を依頼するテレビプロデューサーに長澤まさみ。主人公を支える面々に、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉など。第56回シカゴ国際映画祭では観客賞と最優秀演技賞(受賞者は役所広司)を獲得している。

 三上正夫(役所広司)は、若いヤクザを殺害したかどで、13年間、旭川刑務所で罪を償う日々を送っていた。晴れて出所となると、身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)とその妻・敦子(梶芽衣子)の庇護のもと、古いアパートに部屋を借りて新生活を始める。だが、特技といえば獄中で習った縫製程度で、仕事は思うように見つからない。ケースワーカーの井口(北村有起哉)の助言で運転手の仕事を求めても、失効した免許証を再取得するにはイチから教習を受け直さなければならなかった。スーパーマーケットでは万引の疑いをかけられるなど、世間の風当たりは強く、貧困生活の鬱屈はたまる一方。そんな彼に目をつけたのは、テレビプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)だった。前科者が社会復帰をとげ、生き別れた母と感動の再会を果たす――。そんなストーリーが描ければ、いいドキュメンタリーがものにできると、彼女は旧知の元テレビマンで作家の卵・津乃田(仲野太賀)に密着取材を依頼。ヒマを持てあましていた津乃田は、三上が服役中にノートに書き写したという身分帳(受刑者の経歴を記した刑務所所蔵の個人台帳)の写しに目を通した後、三上のもとへ通い始めるが、それはやがて仕事を超えた関係に発展していく。

 構図としては、津乃田の目を通して三上正夫という元受刑者の心の機微を追うという体裁。だが、津乃田の存在はそこまで徹底した媒介者として描かれることなく、いつの間にか、観客が津乃田に代わって主人公の行動を追う立ち位置に立っている。実のところ、それほどに三上という人物には魅力が備わっていた。

 芸者だった母と4歳のときに離別し、十代半ばから暴力団へ出入り、前科十犯を数えて、挙げ句の果てに殺人を犯した極道者。殺された若いヤクザは日本刀でメッタ刺しだったという。激情家で、カッとなると感情を抑えることができない。一方で、道理の合わないことには体を張って立ち上がり、弱者をおとしめる行為も見過ごせない。純情すぎる一匹狼であり、いかんせん、その正直すぎる生き方が社会の間尺に合わなかった。原作の登場人物に西川が新たに肉付けして生まれた性分だが、これを役所広司が演じたとき、その風景はチャーミングともいうべき詩情を帯び、瞬く間に見る者を引きつけていく。

 役所広司から目が離せない。多分に同情の目を持って主人公の再出発を見守っていた観客は、それゆえに彼の社会復帰の成就を願うようになるわけだが、それは無論、西川美和の演出の結果でもあるだろう。ただ、映画が始まって間もない頃、ただ廊下を刑務官と歩く場面から早くも三上に目が引かれていることにどれだけの観客が自覚的でいるのか。役所広司という演技巧者の存在感は、ある意味で物語からはみ出す寸前の状態にあるとしてよく、それでいて役者としてのエゴの影を微塵も落とさないという、そのスリル。

 西川美和はフィールドワークによる情報収集、つまり自ら足で稼いだネタで三上の人物を固めており、佐木隆三よろしくジャーナリスティックな視点をにじませて創作に当たったといわれる。これまでオリジナルの物語を重ねてきたわけだが、今回、実在の元受刑者を扱った原作を得て、それを現代にフィットするような改変が必要とされたことで、いよいよ自作に対する客観性も高まったのかもしれない。結果、大枠としてフィクションとなっているわけだが、ある意味、架空の人物ににじり寄ったドキュメントということもでき、換言するなら役所広司がつくり上げた人物の記録映画になっている節がある。ラストの三上の姿に悲劇と希望、どちらを観客は見るのか。どことなく、そんな選択肢が残され、解釈が委ねられている。それはそのまま「すばらしき世界」という題名をどう考えるかという選択でもあった。

 ヤクザ者、あるいは道を外れた人間の「更生の困難」という視点でいけば、最近の綾野剛主演映画『ヤクザと家族 The Family』(2021/藤井道人監督)に通じる部分もある。あるいは、東海テレビ制作のドキュメンタリー『ヤクザと憲法』(2016)を連想する向きもあるだろう。ベテラン俳優、気鋭監督の術中にハマりつつ、そんな問題意識を持って物語に接するのも、この作品の楽しみ方のひとつである。

 2021年2月11日(木・祝)全国公開
原題:すばらしき世界 / 製作年:2021年 / 製作国:日本 / 上映時間:126分 / 配給:ワーナー・ブラザース映画 / 監督・脚本:西川美和 / 出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、橋爪功
公式サイトはこちら
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西川美和、役所広司、佐木隆三

 西川美和はかねてより役所広司とのタッグを望んでいたという。そのきっかけとなったのが、西川が17歳時に見たテレビドラマ『恐怖の二十四時間 連続殺人鬼・西口彰の最期』(1991)だった。

 文字どおり、実在した連続殺人犯を描いた作品で、1964年、東京で5人目の殺人を犯したばかりの西口(役所広司)がお金目当てで弁護士をかたり、熊本県在住の教誨師(河原崎長一郎)の自宅を訪れることから始まる24時間の物語。不審に思った教誨師の娘が警察に通報するも、逮捕の好機を待つまで教誨師一家は西口と一昼夜を共に過ごさなければならなかった。眼鏡の奥で狂気をにじませる役所がやはり印象的で、露天風呂場面ひとつからも緊張感で目が離せない。脚本・中島丈博、演出・深町幸男。

 その西口をモデルに佐木隆三が書き上げたのが『復讐するは我にあり』(1975年刊)で、それを題名そのままに1979年に緒形拳主演で映画化したのが今村昌平監督。その今村昌平と役所広司は『うなぎ』(1997)、『赤い橋の下のぬるい水』(2001)の2作品でタッグを組んだ。前者の『うなぎ』における役所の役どころも妻を殺して服役した元受刑者であり、映画はその更生の過程の物語だった。

 西川美和といえば「崩壊と再生」をテーマに持った映画作家としてよく、監督デビュー作の『蛇イチゴ』(2003)以来、状況、キャラクターの差こそあれ、ほとんど同じタイプの物語を編んでいる。処女作にはその作家のすべてが刻まれるといわれるが、西川の場合も例外ではない。ダメな長男(宮迫博之)、借金まみれの父(平泉成)、義父の介護に疲れた母(大谷直子)、そして彼らを見つめる生真面目な娘(つみきみほ)。彼らが見せる悲哀と笑いに、『すばらしき世界』の源流を探るのも楽しいだろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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