漁港の肉子ちゃん｜映画のとびら #120

＃120

漁港の肉子ちゃん

2021年6月11日公開

『漁港の肉子ちゃん』レビュー

納得の感動が待つシングルマザー物語

　明石家さんまが劇場用アニメーションを初プロデュース。その作品は、直木賞作家の西加奈子が2011年に発表した同名小説を原作にした、とある漁港の親子の物語。５年ほど前、小説の内容に感動したさんまが西に映像化を打診、実写化も検討されたが、最終的に長編アニメーションという形に落ち着いた。タイトルロールの見須子菊子（みすじきくこ）＝通称・肉子ちゃんに大竹しのぶ、その娘・喜久子（キクコ）に木村拓哉の長女であり、フルート奏者にしてモデルのcocomi、喜久子の同級生・二宮に『鬼滅の刃』（2019）の竈門炭治郎役で人気の花江夏樹、肉子ちゃんの若き日の親友・みうに吉岡里帆など。監督は『海獣の子供』（2019）で第74回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞した渡辺歩。

　昔から肉子ちゃん（声：大竹しのぶ）はダメな男に引っかかってはフラれるを繰り返してばかりいる女性。やがて娘のキクコ（cocomi）を連れて流れ着いた先が、とある日本海側の漁港だった。焼き肉屋で給仕の仕事をしながら、今日も肉子ちゃんは11歳になったキクコを元気よく学校に送り出している。同級生にも恵まれたキクコはこの海の街が好きになっていくが、心のどこかではまた別の土地に引っ越すときが来るかもしれないという不安も抱いていた。案の定、肉子ちゃんには新たなオトコの影がチラホラ!?　一方、キクコは不思議な空気を持った同級生・二宮（花江夏樹）の存在が気になっていく。

　物語は基本、キクコの日常を中心に進む。彼女の視点から肉子ちゃんが紹介され、学校生活も描写される格好で、一種の思春期ドラマとして受け止めていい。そこには同級生との派閥問題も起きれば、男子生徒とのささやかな交流も刻まれるのだが、大きな事件が起きるわけではなく、あくまで等身大の日常が活写されるのみ。そのしっとりとした慎ましさの一方で、アニメーションとしてまず前面に際立つのは、肉子ちゃんのキャラクターである。彼女をめぐる明朗ドジ描写は、作品の「陽」を担うという以上に戯画的で、時にやや強引に感じられるほど。ぽっちゃり体型をめぐって、幾度か『となりのトトロ』（1988）を連想させる演出も目立ち、観客の中にはキクコ側の描写との落差に戸惑いを覚える向きもあるだろうか。もっとも、肉子ちゃんをめぐる喜劇描写に対し妙な辟易でも抱き、この物語からリタイアしようとするのは早計だ。やたらはしゃいで見えるシングルマザーの仕草、行動はすべてクライマックスへの布石といってよく、いい意味での視覚的＆感情的ミスリードがこの作品最大の仕掛けであり、醍醐味になっているのだから。

　この親子をめぐって、いったいどんな秘密が隠されているのか。日本各地を流れ渡った過去にどんな思いがあったのか。それらが紐解かれるクライマックスこそ、プロデューサー・明石家さんまが心を動かされた部分であり、それまで親子の日常を目撃してきた観客へのごほうびといえる瞬間。オールドファッションといっていいほどの王道の「子育て奮闘記」は、悪く言えばどこまでもおセンチな人情劇。これまでさまざまな作品で重ねられてきたメロドラマの定型。でも、この確かな温もりを受け止められなくなったら、人間、いよいよおしまい。そんなお笑い怪獣の声が聞こえてきそうな、納得の感動が最後に待っている。

　肉子ちゃん役の大竹しのぶは、そうと言われないとわからないほどの妙演。芝居モンスターは声だけでもやっぱり怪物だった。キクコ役cocomiも初々しさが少女の成長に重なってすがすがしい。

　2021年6月11日（金）全国ロードショー

原題：劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』／ 製作年：2021年／ 製作国：日本／ 上映時間：97分／ 配給：アスミック・エース／ 監督：渡辺歩／ 声の出演：大竹しのぶ、Cocomi、花江夏樹、中村育二、石井いづみ、山西惇、八十田勇一、下野紘、マツコ・デラックス、吉岡里帆
公式サイトはこちら

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