特集・コラム

映画のとびら

2021年6月25日

いとみち|映画のとびら #123

#123
いとみち
2021年6月25日公開


ⓒ 2011 越谷オサム/新潮社 ⓒ2021『いとみち』製作委員会
『いとみち』レビュー
「青森」が自然な存在感を放つ

 『陽だまりの彼女』(2008/2013年に実写映画化)で知られる作家・越谷オサムが2011年に発表した同名青春小説を、『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009)、『俳優 亀岡拓次』(2016)の横浜聡子が映画化。原作同様、青森を舞台に、思春期の女子高生が家族や周囲の人間の中で成長していく姿を優しくさわやかに描いている。主人公を演じる駒井連は、これが初の映画単独主演となった。

 相馬いと(駒井蓮)は、民俗学者の父・耕一(豊川悦司)、祖母のハツエ(西川洋子)と3人で暮らす16歳。北津軽郡板柳町の自宅から五能線で毎日、弘前の高校に電車通学している。津軽弁のなまりが強いのが悩みの種で、なかなか同級生とも打ち解けられない。もちろん、世の女子高生と同じく、父親とも微妙な距離がある。祖母ゆずりの津軽三味線は中学生のときにコンクール入賞を果たすほどの特技だったが、最近は興が乗らず、楽器はずっとケースの中。そんなさえない日々を送っていたある日、スマホをいじっていたら、とあるアルバイトの募集に目がとまる。それは、大都会(いとにとっては)の青森市にあるメイドカフェの告知。思い切ってお店の門をたたくと、そこにいたのは「執事(店長)」の工藤(中島歩)、「メイド(アルバイト)」の幸子(シングルマザー/黒川芽以)、智美(漫画家志望/横田真悠)といった面々。彼らの支えによって、なまりまみれの「がっかりメイドことば」もなんとか矯正することができ、やがてクラスメートの早苗(ジョナゴールド)とも友情をはぐくんでいくのだった。

 題名の「いとみち」とは、三味線を弾くときにツメにできる溝「糸道」を指す。主人公の「いと」が進む「道」という意味を踏まえた造語になっていると考えてもいいだろう。基本、日常ドラマなのだが、何も起きない、というほどではなく、でも、ショッキングな事件が起きるほどでもない。大きな一歩というよりは、ほんの少しだけ日々の生活が変化し、前進する。そんなささやかで、のどかな、でも、確かな青春の輝きと、かけがえのない10代の時間がほどよく刻まれる人間ドラマだ。

 主人公を中心に、家族、学校、アルバイト先、それぞれでの人間模様が描かれるが、そのどれかに重きが置かれるというより、同等の配分の中で構成されているのも特徴といっていい。そもそもヒロインに引っ込み思案の要素があるとはいえ、同じ横浜作品『ウルトラミラクルラブストーリー』の登場人物のように強烈な個性が打ち出されることもなく、主人公を際立たせるような「仕掛け」もない。抑制を効かせた演出が意図的に施されたのは間違いないだろう。だから、感情が爆発するような展開、ヒリヒリするような人間関係を好む向きには物足りないかもしれない。一方で、そこに気取りの臭みや無理はなく、いい塩梅で創作に対する力みが抜けている。語り口にゆとりがある。もしかしたらヒロイン以上に、演出家の成長が大きい作品とするべきだろうか。そんな、ケレンを捨てた作り手の目線、懐深い手さばきがどこまでも心地いい。

 主演女優、監督、ともに青森出身。主人公が話す「なまりの強い津軽弁」など、地元の人間でないと、恐らくさっぱり何を言っているかわからない。津軽三味線という楽器、りんごパイ、人間椅子、本筋とあまり関係なく挿入される太宰治の小説世界、太平洋戦争時の青森空襲のエピソード、ヒロインの父親が茶の間で歌い出す映画『八甲田山』(1977)の劇中軍歌《雪の進軍》など、いずれも「ご当地感」満点。なのに、そのいずれもが鼻につかないのは、無論、均等に人間関係が配分されたドラマ構成もあるだろうが、何より「青森」という大きな空間に物語が包まれているためでもあるのだろう。青森の中にすべてが放たれている。そんな演出。これだけ青森という土地が自然な存在感を放っている作品も珍しいのではないか。

 主演の駒井蓮は、重度の津軽なまりも津軽三味線も長い習練をかなえてお見事。メイドカフェのオーナー役・古坂大魔王をはじめ、りんご娘、ライスボール、アルプスおとめら、青森ゆかりのタレントの出演もご当地ファンには頼もしいところ。個人的には、駒井蓮とジョナゴールド(りんご娘)が三味線の響きに合わせて踊る場面が白眉。娘のライブ告知写真を見て、わずかにニヤリとする父・豊川悦司も素晴らしい。

 2021年6月25日(金)全国公開
原題:いとみち / 製作年:2021年 / 製作国:日本 / 上映時間:116分 / 配給:アークエンタテインメント / 監督・脚本:横浜聡子 / 出演:駒井蓮、豊川悦司、黒川芽以、横田真悠、中島歩、古坂大魔王、ジョナゴールド(りんご娘)、宇野祥平、西川洋子
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)2013弘前市
DRAMA青春
タイトル りんごのうかの少女
製作年 2013年
製作国 日本
上映時間 41分
監督・脚本 横浜聡子
出演 とき、永瀬正敏、工藤夕貴

青森、津軽三味線をめぐる作品

 横浜聡子は『いとみち』(2021)以外でも青森を舞台にした作品を撮っている。短編『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』(2008)、『りんごのうかの少女』(2013)、そして長編作品『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009)の3本。物語の構成も含め、故郷を見る目がどのように変わってきたのか、それを振り返るのも面白いのではないだろうか。

 青森を舞台にした作品では、森谷司郎監督、高倉健主演で描く雪中行軍訓練劇『八甲田山』(1977)が最大の大作だろう。同じ森谷司郎監督、高倉健主演のタッグでは『海峡』(1982)なる青函トンネル開通物語もある。特産品のりんご、それも無農薬りんごの開発実話を描いた作品として、中村義洋監督、阿部サダヲ主演の『奇跡のリンゴ』(2013)という感動作もあった。アニメーションでは、新海誠監督作品『雲のむこう、約束の場所』(2004)を推す向きもあるだろう。

 青森出身の文豪では太宰治、寺山修司が有名。後者が監督を務めた『田園に死す』(1973)は「青森映画」としてやっぱり強烈。恐山、いたこは、やはり青森の風物である。

 いとの祖母役を演じた西川洋子は、実は本物の津軽三味線奏者。かの高橋竹山の一番弟子だったというのだから驚く。その高橋竹山といえば、映画ファンには新藤兼人監督、林隆三主演の力作『竹山ひとり旅』(1977)が思い出されるところ。津軽三味線ということでは、斎藤耕一監督、江波杏子主演の『津軽じょんがら節』(1973)、篠田正浩監督、岩下志麻主演の『はなれ瞽女おりん』(1977)も悲痛なる秀作だ。ちなみに、『いとみち』のクライマックスを飾るのは伝統曲《津軽あいや節》である。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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