特集・コラム

映画のとびら

2021年7月30日

キネマの神様|映画のとびら #128

#128
キネマの神様
2021年8月6日公開


(c)2021「キネマの神様」製作委員会
『キネマの神様』レビュー
映画には神様が宿っている

 山田洋次、御年89。その通算89作目となる監督作品は、原田マハが2008年に発表した同名小説をもとに、自身の青春時代を絡めて描く人情ドラマ。ギャンブル好きのダメ老人とその家族の騒動を描く現在と、彼らが出会う契機になった映画撮影所での日々を交錯させて描いていく。現代の主人公を沢田研二、その若き時代を菅田将暉、妻を宮本信子、彼女の若き日を永野芽郁が演じた。

 今から50数年前。松竹大船撮影所で助監督として働いていた円山郷直こと通称・ゴウ(菅田将暉)は、自身のオリジナル作品の映像化を夢見て、今日も先輩監督・出水宏(リリー・フランキー)の現場で元気よくカチンコをたたいていた。そんな彼を、出水作品のミューズにして人気女優・桂園子(北川景子)や映写技師のテラシンこと寺林新太郎(野田洋次郎)、撮影所近くの食堂「ふな喜」の看板娘・淑子(よしこ/永野芽郁)らが温かく見守っている。そんなある日、テラシンが病に倒れた。聞けば、淑子に恋い焦がれるあまり、体調を崩したのだという。ゴウはテラシンに淑子への思いを手紙に書いて渡せと助言する。

 一方、コロナ禍が近づく現代。ゴウ(沢田研二)と淑子(宮本信子)は紆余曲折の末、夫婦になっていた。しかし、かつての輝ける映画青年は、今やただのギャンブル狂に失墜。娘(寺島しのぶ)の退職金に手を出し、あげくに孫の勇太(前田旺志郎)にまで駄賃をせびるダメジジイとなっていた。家族に責められると、逃げ込む場所はいつもテラシン(小林稔侍)が経営する名画座「テアトル銀幕」。借金取りが押し寄せる日常に一家は疲弊し始めたが、あるとき勇太によって起死回生のアイデアが提示されるのだった。

 原田マハによる原作小説は、映画好きにしてギャンブル狂の老人が娘の勤務する会社のウェブサイトで人気の映画評論家になるという展開で、ゴウの過去に映画全盛期を重ねる趣向は映画用のオリジナル。原作の愛読者にはギョッとする新設定かもしれないが、見る側だけでなく、作り手側の意思も入った「映画愛」はその間口を自ずと広げることとなり、家族の再生劇、あるいは青春映画として別種の感涙をもたらすだろう。無論、題名の「キネマの神様」=映画の神様についても微妙に意味合いを変えて迫ってくる。

 ラストのメロドラマ的な処理も含め、全体的には人情劇の味わいだが、場面の見せ方としては喜劇である。熱心なあまり、それが時に失笑へと転換するという人物表現はおなじみの山田演出であり、一連の山田喜劇に愛着を持つ向きにはなんら無理なく入ってくるはず。こと「笑い」に関して掘り下げるなら、当初の主演予定者だった志村けんを想定しての「仕掛け」も散見されて興味深い。沢田研二が志村の持ち歌やギャグを披露する場面など、これまた別の意味で味わいが深まるだろう。

 沢田研二はいい塩梅で愛嬌のあるダメ男を演じている。あまりにダメすぎて、見ている方が引くくらいだが、ゴウの助監督という過去を思うに、沢田に菅田と地続きのアーティスト的感触が感じられるのも確か。沢田の歌手としての最近のステージを見た人間なら、歌うたびに「どうもねー、ありがとねー、サンキューねー」と客席に手を振る姿と印象が大きく変わらないのではないか。そういう無邪気さもここにはある。

 同僚役の野田洋次郎は持ち味そのままに無理がない。永野芽郁には心が洗われる清廉さがある。彼らと菅田将暉が見せる純情の三角関係は切なく、そして温かい。

 北川景子の桂園子は、田中絹代や原節子あたりのイメージを重ねた映画スター像といえるだろうか。リリー・フランキーが演じた出水宏は、その語感から戦前の松竹で活躍した名匠・清水宏を連想させる。途中で名前が出てくる小田監督とは当然、小津安二郎を指す。山田洋次が松竹に入社したのは1954年のこと。監督デビューが『二階の他人』(1961)であり、長編デビューが『下町の太陽』(1963)ということをあわせ考えると、劇中で描かれるゴウの時代は60年代初頭あたりとしてよく、したがって厳密には清水宏あたりとは濃い交流もなかったろうが、松竹の伝統へのオマージュとしてそれら監督、俳優の描写はあったといっていい。換言するなら、どの登場人物の立場で見るかによって景色が変わる映画であり、古い映画や映画人の知識が深ければ深いほど、細部の描写、設定の面白みに興味を引かれるに違いない。

 永野芽郁の淑子に、実在の「松尾食堂」や「月ヶ瀬」の看板娘を連想するのも楽しく、後者「月ヶ瀬」の看板娘といえば小津安二郎にめっぽう好かれた杉戸益子。つまり、後の人気俳優・佐田啓二の奥方であり、中井貴一の母親である。彼女がもし助監督と夫婦になっていたら、という空想劇としての面白みもここにはある。ちなみに、佐田啓二と益子が結婚したのは1957年のこと。中井貴一の誕生は1961年である。

 山田洋次の体験記として見るなら当然、若きゴウの姿が面白い。古参の監督を「古くさい」と両断し、初監督作品を準備する際には恐怖と不安でオロオロする。映画に対する無垢なまでの畏怖(いふ)というべきか。「映画には神様が宿っている」との声も決して誇大表現ではなく、山田にとって真理であり、「映画の神様、私たちをお守りください」との台詞などは、感染流行の最中にある現代に向けての山田なりの心の叫びといっていい。そんな監督生活60年の経験から放たれる深い言葉の数々。これまた、涙が誘われる。

 2021年8月6日(金)全国ロードショー
原題:キネマの神様 / 製作年:2021年 / 製作国:日本 / 上映時間:125分 / 配給:松竹 / 監督:山田洋次 / 出演:沢田研二、菅田将暉、永野芽郁、野田洋次郎、北川景子、寺島しのぶ、小林稔侍、宮本信子、リリー・フランキー、志尊淳、前田旺志郎
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品


(C)1986松竹株式会社
DRAMA
タイトル キネマの天地
製作年 1986年
製作国 日本
上映時間 135分
監督 山田洋次
出演 中井貴一、笠智衆、有森也実、松本幸四郎、松坂慶子

『キネマの神様』をめぐる映画と人

 山田洋次が最初に助監督としてついた作品は、川島雄三監督、鶴田浩二、淡島千景出演の『昨日と明日の間』(1954)。現場では震えながら最初のカチンコを鳴らしたという。

 山田洋次が映画愛を謳歌した作品となると『キネマの天地』(1986)や『虹をつかむ男』(1996)なども並ぶ。前者は昭和初期の蒲田撮影所を舞台にしたバックステージもので、主演は有森也実と中井貴一。後者は西田敏行演じる映画館主の奮闘を描く人情劇で、共演が田中裕子。思えば、沢田研二&田中裕子夫妻の縁を取り持った作品のひとつが、同じ山田の『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982)だったりする。そういう関係図なくして『キネマの神様』(2021)における沢田の代役登板もなかったろう。

 劇中、若きゴウが自身の初監督作品用に書き上げたオリジナル脚本「キネマの神様」の内容を耳にして、多くの観客が思い浮かべるのがウディ・アレン監督作品『カイロの紫のバラ』(1985)、もしくは武内英樹監督、綾瀬はるか主演の『今夜、ロマンス劇場で』(2018)だろう。しかし、本当の元ネタはゴウが台詞で言うとおり、バスター・キートンの監督・主演による無声映画『キートンの探偵学入門』(1924)。銀幕と現実を自由に行き来する発想の面白さは、今見ても新鮮なはず。

 出水宏と名前が似ている清水宏監督の作品には名作が多い。田中絹代と笠智衆の共演による軽妙ドラマ『簪(かんざし)』(1941)を絶賛する声も多いが、個人的には上原謙がバス運転士を演じた『有りがたうさん』(1936)を推したい。一見、ほのぼの、その実、当時の社会問題を絶妙にはらませた秀逸な物語。清水宏は今もあまり日の目を見ていない監督だが、松竹が生んだ重要人物のひとりである。

 『キネマの神様』では小津安二郎監督にも敬意が払われている。山田洋次が「若い頃はよさがわからなかった」と言い、その後『東京家族』(2013)でオマージュをささげた『東京物語』(1953/笠智衆、東山千栄子、原節子主演)などはやはり一度は見ておくべき作品だろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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キネマの天地

虹をつかむ男

男はつらいよ花も嵐も寅次郎

カイロの紫のバラ

今夜、ロマンス劇場で

有りがたうさん

東京家族(2013)

東京家族(1953)

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