特集・コラム

映画のとびら

2021年8月27日

ショック・ドゥ・フューチャー|映画のとびら #135

#135
ショック・ドゥ・フューチャー
2021年8月27日公開


(c) 2019 Nebo Productions – The Perfect Kiss Films – Sogni Vera Films
『ショック・ドゥ・フューチャー』レビュー
新しい音楽が生まれる喜び

 1970年代後半のパリを舞台に、電子楽器を使って新たな楽曲の創造に情熱を燃やした女性を描く音楽ドラマ。主人公の女性ミュージシャンを演じるのは、チリ出身の異能監督アレハンドロ・ホドロフスキーの孫娘にして、『アデル、ブルーは熱い色』(2013)、『キッズ・イン・ラブ』(2016)などに出演するアルマ・ホドロフスキー。監督・脚本・プロデュース・音楽の4役を担ったのは音楽ユニット「ヌーヴェル・ヴァーグ」のメンバーであるマーク・コリン。彼にとってこれが初の映画監督作品となった。

 1978年、パリ。若手ミュージシャンのアナ(アルマ・ホドロフスキー)は、友人から借りた部屋の中で興奮を隠しきれずにいた。シンセサイザーの修理人がたまたま持参していたローランド社製のリズムマシン「CR-78」の性能があまりに素晴らしかったからだ。「これなら新しい音楽ができる」と小躍りした彼女は、うれしさのあまり、約束していたCM曲の仕事に身が入らない。CM曲の依頼者に、いかにこの機材が音楽を変えるのかを熱弁するも、彼には「さっさと注文どおりの曲を作れ」と、けんもほろろ。ついに仕事をキャンセルさせられるハメになり、借金の返済まで要求される始末だったが、そこへCM曲用に仕事を共にするはずだった歌手のクララ(クララ・ルチアーニ)が来訪。試しにリズムマシンを使ったデモ音源にクララが即興で編み出した歌詞を乗せてみると、豊かな音世界が目の前に広がっていくのだった。

 題名は、フランス語で「未来の衝撃」の意。新しい電子楽器=サウンドを手にした主人公の心を代弁したものであり、転じて1970年代末から80年代にかけて花開いていくエレクトロ・ポップの将来を示唆したものだろう。電子楽器は60年代に開発されたモーグ・シンセサイザーから発展の日々を重ね、60年代にウォルター・カーロス(後に性転換してウェンディ・カーロス)を生み、70年代にドイツでクラフトワーク、タンジェリン・ドリーム、日本で冨田勲を送り出し、やがてYMOの人気を育んだ。この物語は、そんな「アナログ・シンセサイザーの巨人たちの時代」を描くものであり、いまだロックが主流を成していたパリという街の音楽事情の小さな闘いのエピソードである。バンド活動が当たり前の時代に、すべての音をひとりで操ることが可能だと知ったときの主人公の感動こそ、最初の「衝撃」だったのだ。

 実のところ、映画の背景となっている1978年は、電子楽器による音楽の大衆人気が安定しつつある時代でもあり、たとえば同年にジョルジオ・モロダーが音楽を担当した映画『ミッドナイト・エクスプレス』(1978)がアカデミー賞で作曲賞を獲得している。その前年にはタンジェリン・ドリームが『恐怖の報酬』(1977)でシーケンサーを生かした楽曲を発表し、イタリアのゴブリンも『サスペリア』(1977)で異形の響きを獲得。これらがやがて成功するヴァンゲリスの『炎のランナー』(1981)を呼び込む土壌になった節もあるだろう。もっとも、女性に転じたウェンディ・カーロスはともかく、女性の電子楽器奏者はなかなか世に出にくかった。当時、いかなる男性優位の状況だったかを示す発言もこの『ショック・ドゥ・フューチャー』(2019)には散見される。そう、これは劣悪な蔑視(べっし)と闘う女性音楽家の物語でもある。女性の自由意志、その強さ、美しさを謳歌する応援歌だといってもいい。

 物語としては、朝、主人公が目覚めて、夜に再びシンセサイザーでの作曲に向かうまでのたった一日の描写である。挫折と奮起の瞬間こそあれ、劇的に何かが変化するわけでもなく、ドラマ的に大きな感動が待っているわけでもない。むしろ、一般的には不必要なほどの機材操作の場面があり、狭い音楽仲間との語り合い、いがみ合いが続く。結果として描き出されたのは、通常の映画で感じられるドラマ的興奮とは無縁の、それこそ「音楽家の衝動」と呼ぶべき情熱の瞬間だろう。主人公が新しい音を見つけたときの感激、そこから高まる創作の欲求。そんなクリエイター魂の刻印がすべてであった。音楽を一度でも愛したことがある観客なら、その純粋なる魂の動きを確実に発見し、温もりの中で共有することができるはずである。

 決して狭い範囲の共感ではない。もの作りの熱情はどんな人間も持っている。ただ、この映画は最小単位の物語でそれをやってのけた。音楽家の生理なるものを表現し得た。新しい音楽が生まれる喜びに震えたミュージシャンはもう止まらない。電子合成音が放つ持続音のように、どこまでも走っていく。

 8月27日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
原題:Le choc du futur / 製作年:2019年 / 製作国:フランス / 上映時間:78分 / 配給:アットエンタテインメント / 監督:マーク・コリン / 出演:アルマ・ホドロフスキー、クララ・ルチアーニ、フィリップ・ルボ、ジェフリー・キャリー
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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