特集・コラム
映画のとびら
2021年9月10日
素晴らしき、きのこの世界|映画のとびら #139
文字どおり、きのこ、もしくは菌類の知られざる実体、効能などを描いたドキュメンタリー。ナレーションを『ルーム』(2015)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したブリー・ラーソン(実は、きのこ好き)が担当。監督は、メリル・ストリープがナレーションを務めた『ディズニーネイチャー/花粉がつなぐ地球のいのち』(2011)のルイ・シュワルツバーグ。
映画は、宇宙空間から始まる。そこへブリー・ラーソンのナレーションが重なると、映像の視点は地球へと降下し、大地をなめ、森へと向かい、そして人間の生活に移る。
「永遠に脈打つものがある。それをあなたも感じとったなら、私たちは仲間よ。目に見えないけど、あちこちに存在する。あなたが生まれてから死ぬまで。暗いところにも明るいところにも。一番古くて新しい。最も大きくて小さい。それが私たち、きのこよ!」
「きのこ役」となったラーソンの言葉はドラマティックで、どんな壮大な「きのこの物語」が展開するのかと思わされるが、最初のナレーション後に飛び出す原題は「素晴らしき菌類」。つまり、きのこに限らず、カビや酵母などの真菌類も対象とした作品だということ。その中で、きのこは「主役」という扱い。
食品ジャーナリストのユージニア・ボーンによれば、菌類は地球上に150万を超える種(植物の6倍)が存在し、そのうちの2万種がきのこに当たるとのこと。映画では、数人の証言者と観察映像、再現CGなどを組み合わせて、菌類の歴史も紹介する。24億年前から存在し、約6億5千万年前に枝分かれが始まり、一方は菌になり、一方は動物になったという。そう、菌類は人類の祖先。そして、きのこは植物と動物の中間的な存在。森の地下には菌糸の巨大なネットワークが張り巡らされているという。『アバター』(2009)のエイワはすぐ近くに存在したのだ。大変、勉強になる。ただ、そんな講釈がしばらく及ぶ最初の20~30分は、ちょっと「学校の授業」みたいで、見ていてくたびれる人も多いかもしれない。
作品が弾み出すのは、菌類学者のポール・スタメッツの出自、生業(なりわい)が具体的になる残り1時間ほどだろう。菌類学者とクレジットには記載されているが、スタメッツはいわゆる定期的に論文を発表するような科学者ではなく、きのこ、もしくは菌類の研究を幅広く行う一方、その特性を生かした健康食品などを製造・販売している人物。とにかく、きのこが好き。24時間、きのこの人。シロアリ退治に有効な生物農薬も開発し、ヒアリやゴキブリに対する農薬実験も進行中。虫を感染させる昆虫病原菌の特許を5つも持っているという。自身が栽培したカワラタケ(免疫力を上げるきのこ)で乳がんだった母親を寛解させたことも披露される。謎の死滅が続くミツバチにもきのこの効能で成果を出した。講演会での彼は聴衆の熱狂を浴び、まるで教祖のような存在である。きのこ研究界においては、もはやロビイストとしてかけがえのない人なのだ。この映画では「きのこの世界」以上に、「きのこを愛する人の世界」が圧倒的に面白い。
幼少期にきのこに興味を持ったスタメッツは、幻覚性きのこを摂取した際の体験でさらにのめり込んだという。きのこによる「意識の拡大」に驚異を覚えたからだ。この青年期の経験談と同時に、映画は人類の脳の進化において、きのこの幻覚作用が影響を与えた可能性も説く。幻覚性きのこは末期がん患者へのケアにも有効といい、幻覚成分シロシビンをめぐる新たな提言が学会で出されたのは最近のこと。どうしても「マジックマッシュルーム」的な悪いイメージがよぎりがちで、スタメッツに対して怪しい印象を抱く観客もいるかもしれないが、そういった使用法の是非を考えるという点でも刺激的な作品だろう。
菌類を生かした大きな発明のひとつにペニシリンがある。1927年にフレミングによって発見されたペニシリンは、スタメッツいわく「第二次大戦中、何万もの英米兵士を救ったが、ドイツと日本にはなかった」という。勝利の行方を決めた要因のひとつというわけだ。さらにスタメッツは続ける。
「多くの科学者は次のペニシリンを探しているが、きのこをつくる菌類にはあまり注目していない。古くから菌類がいる原生林は感染症ウィルスと闘う物質の宝庫。だから森を守るべきだ」
コロナ禍の今、この作品への興味をいよいよ募らせる言葉ではないか。
公式サイトはこちら
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。