特集・コラム
映画のとびら
2021年9月17日
カラミティ|映画のとびら #140
アヌシー国際アニメーション映画祭では最高賞にあたるクリスタル賞を受賞。フランス×デンマーク合作の傑作アニメーション『ロング・ウェイ・ノース/地球のてっぺん』(2015)に続き、レミ・シャイエ監督がまたまた秀作を放った。開拓時代のアメリカを舞台に、伝説的な女性ガンマン、カラミティ(厄介者)・ジェーンの少女時代の冒険行を躍動感たっぷりに描く独創的な西部劇だ。
1863年代、12歳になるマーサ・ジェーン・キャナリー(後のカラミティ・ジェーン)は、家族とともに幌馬車隊に加わり、一路、オレゴン州へと向かっていた。母親を失っている一家の中で、マーサは妹や弟の母親代わり。何かと旅の疲れでごねる彼らを、目的地での夢の生活を明るく語ってなだめている。ただ、勝ち気で鼻っ柱が強いマーサを、旅団長の息子イーサンは気に入らない。何かと難癖をつけてくる彼にマーサは常にけんか腰だが、父ロバートは「幌馬車隊にいづらくなるから」と、おとなしくしているようにマーサをいさめる日々。そんなある日、ロバートが事故であばらと足の骨を折ってしまい、幌の中で寝たきり状態になってしまう。馴れない馬の世話に、乗馬、投げ縄の練習。イーサンにバカにされたくないマーサは懸命に「男の仕事」をこなそうとするが、なかなかうまくいかない。やがてマーサはスカートを脱ぎ捨て、少年服をまとう。周囲から白い目で見られ、親友のイヴにまで「女の子はスカートをはくものよ」と言われると、今度は長い髪をバッサリ切って、風貌(ふうぼう)まで少年のように変えてしまうのだった。
カラミティ・ジェーンといえば、そのものズバリ、ドリス・デイ主演のミュージカル西部劇『カラミティ・ジェーン』(1953)が連想される。さらに古い映画ファンの中には、ジェーン・ラッセルが演じた『腰抜け二挺拳銃』(1948)の同名女性ガンマンを思い出す向きもあるだろう。いずれも男勝りの部分を中心に創作の手をかなり入れた仕上がりで、このアニメーション作品でも例外ではないのだが、ジェーンの少女時代に行われたという州をまたぐ旅がドラマの基本となっており、事実性はこれまでで最も高い。その後「平原の女王」とまで呼ばれるまでになるヒロインの前日譚(ぜんじつたん)ととらえてもいい。
レミ・シャイエ監督といえば、『ロング・ウェイ・ノース/地球のてっぺん』で北極の海を行くヒロインをたくましく、りりしく描いた名手。今回も男性優位の時代、環境の中に年若いヒロインを主人公に据えているあたり、女性の自由意志を応援する作品になっていて、現代性も非常に大きい。
目にも豊かだ。作画では、やはり今回も輪郭線を廃したキャラクター表現に徹しており、独特の背景との調和、色彩感は他の追随を許さない。とりわけ、引きの画が美しい。いちいち素晴らしい。スクリーン映えのする大西部の景観をどう描くか。その部分も演出のねらいとしては大きかったのだろう。ある種、アメリカ西部という舞台それ自体が登場人物以上に「主役」となっている節はないだろうか。リアリティーを備えた手堅い構図も手伝って、半端な3DCG作品ではとてもかなわない奥行きと広がりを獲得している。
冒険のロマン、活劇的な高揚感という点では、前作『ロング・ウェイ・ノース/地球のてっぺん』に軍配が上がる。同様の娯楽性や意外性を期待しすぎると拍子抜けをするのではないか。代わりに、冒険劇とは異なる味わい、どこか叙事詩、もしくは叙情詩を思わせる語り口が、独創的な絵作りと相まって、いつの間にか得も言われぬ境地に見る者をいざなっていく。そして、その先には筆舌に尽くしがたいほど、静謐(せいひつ)で確かな感動がラストに待っていた。気がつけば、心がしびれている。いつの間にか胸が熱くなっている。広い景観の中に小さく溶け込んでいくヒロインとその仲間たちの姿が脳裏から離れない。
キャラクター開発ばかりが先行し、物語の彫り込みが後回しにされがちな昨今のアニメーション業界において、視点も立脚点も異なる創作姿勢は異彩を放つ。フランスの名手によるアメリカ西部の物語は、北極の海でのそれと同様、映像的にもドラマ的にも、観客の心を洗い直してくれることは間違いない。
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© 2015 SACREBLEU PRODUCTIONS / MAYBE MOVIES / 2 MINUTES / FRANCE 3 CINÉMA / NØRLUM.
タイトル | ロング・ウェイ・ノース/地球のてっぺん (原題:Tout en haut du monde) |
製作年 | 2015年 |
製作国 | フランス・デンマーク |
上映時間 | 81分 |
監督 | レミ・シャイエ |
現実のカラミティ・ジェーンは、北軍の斥候ともなって原野を駆け抜けたといわれる。北軍兵士ワイルド・ビル・ヒコックと交流もあり、両者の関係をコミカルかつロマンティックに昇華した作品がドリス・デイ主演の『カラミティ・ジェーン』(1953)だ。ドリス・デイのやんちゃぶりもさることながら、可憐な女性歌手ケイティー役のアリン・マクレリーも目にすがすがしい。
女性ガンマンを描く映画は数例あるが、ブリジット・バルドー、ジャンヌ・モローというフランスの人気女優の共演で描いたルイ・マル監督の『ビバ!マリア』(1965)は一見の価値あり。娯楽映画として楽しみたいなら、マデリーン・ストウ、メアリー・スチュアート・マスターソン、アンディ・マクダウェル、ドリュー・バリモアの顔合わせによる『バッド・ガールズ』(1994)あたりがいいかも。
実在の女性ガンマンを描いたということでは、ベティ・ハットンがアニー・オークリーを演じたミュージカル『アニーよ銃をとれ』(1950)も有名。バッファロー・ビルも登場して楽しい。
男装の麗人というくくりでいけば、ディズニー・アニメーションの傑作『ムーラン』(1998)がある。こちらは古代中国の伝説的女兵士・花木蘭(ファ・ムーラン)の活躍を描いた作品で、2020年にはニキ・カーロ監督、リウ・イーフェイ主演の実写版『ムーラン』も公開された。
もちろん、レミ・シャイエ監督の前作『ロング・ウェイ・ノース/地球のてっぺん』(2015)も必見の一本。高畑勲が生前に絶賛した作品のひとつで、主人公の少女はカラミティほど男勝りではないが、行方不明の祖父を探すため、自らの意志で厳しい極地へと旅に出る姿に胸が打たれること必至。北の海と氷がどのようなレイアウトと色使いで表現されているのか、西部の景観とぜひ見比べてみていただきたい。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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