特集・コラム
映画のとびら
2021年12月10日
偶然と想像|映画のとびら #155【ポスタープレゼント】
近作『ドライブ・マイ・カー』(2021)がカンヌ映画祭で脚本賞、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞の4賞を、ニューヨーク映画批評家協会賞で作品賞を獲得。今や日本のみならず、世界から注目される才能・濱口竜介が、日常に起きる「偶然」をテーマにして、初めて編んだ「短編集」。思わぬ出会いと出来事の中で戸惑い、揺れ動く人々の姿が、3本の独立したストーリーの中に軽妙なタッチで描かれていく。第71回ベルリン映画祭では審査員グランプリに当たる銀熊賞を受賞。
第1話『魔法(よりもっと不確か)』は、モデルの女性・芽衣子(古川琴音)がヘアメイクの友人つぐみ(玄理[ひょんり])から新しくできた彼氏についてノロケ話を聞かされるところから物語が動き出す。タクシーからつぐみが下車すると、芽衣子は運転手にある場所へ向かうことを指示。その目的は?
第2話『扉は開けたままで』では、単位取得が認められず、就職ができなかった大学生・佐々木(甲斐翔真)が、家庭持ちの同級生にして恋人の奈緒(森郁月)に頼んで、担任教授の瀬川(渋川清彦)を色仕掛けで失脚させようともくろむ。教授の部屋に乗り込んでいった奈緒が仕掛けた罠の行方は?
第3話『もう一度』は仙台が舞台。高校の同窓会にやってきた夏子(占部房子)は、駅近くのエスカレーターでかつての同級生、あや(河井青葉)と20年ぶりに再会する。ふたりはあやの自宅に場所を移し、お茶を飲みながら旧交を温めるが、やがて突き当たった思いも寄らない事実とは?
フランスの名匠エリック・ロメールの映画術に触発された物語。具体的には、ロメールによる3話から成るオムニバス映画『パリのランデブー』(1994)が濱口自身から言及されているが、それと同様の気分で接しても大丈夫だろう。もとより、濱口はロメール作品に心酔しており、よりその嗜好が明確になった機会だったともいえる。何より新鮮なのは、作品が放つ気分、後味。濱口といえば、これまでにも短編作品をいくつも世に出しているが、そのいずれもが陰影に富んだシリアスな作品。長編映画を振り返っても『ハッピーアワー』(2015)、『寝ても覚めても』(2018)など、どちらかといえば、心の深淵を探るような作品が散見される。ところが、今回は装いも一新。随所に軽妙なエスプリ感がにじみ、どこか「笑い」に通じる温もりを醸している。まさに、新たな「ハマグチ」を目撃できる好機となった。
基本的に、会話劇である。その点で「濱口竜介作品」というシグニチャーは変わらず刻まれているわけで、周到なリハーサルを重ねて生み出された独特の「言葉の世界」は今回もまぶしく輝いた。濱口竜介は言葉を、声を大切にしている。その場で語られる響きによって、心の機微をあぶり出そうとする。第1話のタクシー車中で交わされる、一見、なんでもなさそうなガールズ・トーク。第2話のゼミ室で展開する怪しくも危険な香りのする小説朗読場面。そして、第3話で徐々に明らかにされる元同級生との会話のズレ。「言葉」を起点としたスリルは、この作家独自の娯楽表現として、やはり見る者を魅了してやまない。
出演陣にも注目していただきたい。第1話に登場する古川琴音(連続テレビ小説『エール』、映画『街の上で』)や中島歩(映画『グッド・ストライプス』『いとみち』)などは認知できる人も多いだろうが、そのほかは普段、主にバイプレイヤー的な位置にある人、もしくは世にあまり知られていない面々。いずれも、濱口が実力や人間性を認め、抜擢した面々である。第1話に出演する玄理は『天国はまだ遠い』(2016)に、第2話の渋川清彦は『不気味なものの肌に触れる』(2013)に、さらに第3話の占部房子と河井青葉は『PASSION』(2008)にと、それぞれ濱口が過去に発表した短編映画の出演陣。互いの懐を知っている仲だからこそ生まれた実験的な映画作りが可能となり、結果、濃密な空間も生まれたといっていい。とりわけ、渋川清彦はこれまでのイメージを一新する物静かな大学教授役で、そんな俳優陣の良質な面ばかりか、知られざる一面を発掘する濱口の手腕は見ていてすがすがしいほど。この短編集は、世に隠れた才能の発見の場でもある。第2話に登場する森郁月、甲斐翔真は、濱口との面接を経て選ばれた新進の抜擢組。やはりフレッシュな印象に事欠くことなく、だれもが次なる出演作が楽しみになってくるはずだ。
ちなみに「偶然」をテーマにした短編の構想は7本あり、今回はそのうちの3本が映像化されたのみ。残る4本も近々、映像化の予定。新たな「偶然」に備えるために、この映画を見ることは「必然」である。
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◆ご応募はOPカードWEBサービスからエントリーしてください。
<応募期間:
2021年12月10日(金)~31日(金)>
※当選者の発表はポスターの発送をもってかえさせていただきます。
今年、世界中に広がった『ドライブ・マイ・カー』(2021)の高評価は「映画作家・濱口竜介」の名をいよいよ映画ファンに浸透させたといっていい。少々、敷居が高く感じられる一般観客にも、西島秀俊、岡田将生ら人気出演陣を通して今後、映画館、DVDなどの手段で伝わっていくものと思われる。3時間という尺の中で、いったいいかに独創的で深遠な心のドラマが展開するのか。ぜひ目撃していただきたい。
5時間の尺、それもワークショップで選出した演技経験のない女性陣を主役に配した『ハッピーアワー』(2015)もまた、濱口の実験性が輝く作品。こちらはジョン・カサヴェテス監督の『ハズバンズ』(1970)が範とされており、俳優の肉体や声を最大限に生かそうとする腐心が伺える。
商業映画デビュー作となった『寝ても覚めても』(2018)も、登場人物=俳優間に漂う得も言われぬ肉厚な空気感が目前に迫ってくるような佳作。ラブストーリーとしてもたまらなく刺激的だ。
黒沢清監督の『スパイの妻』(2020)では共同脚本のひとりとして参加。ひと味違う戦争ドラマとして、これまた批評家勢から大きな歓心を集めた。「ハマグチ」という切り口で見てみるのも面白いだろう。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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