特集・コラム

映画のとびら

2022年1月28日

ノイズ|映画のとびら #163

#163
ノイズ
2022年1月28日公開


©筒井哲也/集英社©2022映画「ノイズ」製作委員会
『ノイズ』レビュー
生々しく人間がうごめくスリル

 筒井哲也の同名コミックを原作に、藤原竜也、松山ケンイチの顔合わせで描く異色サスペンス。彼らが孤島のイチジク農家、猟師にそれぞれ扮し、ひょんなことから起こしてしまった殺人の隠蔽工作に奔走する姿をスリリングに描く。藤原、松山とともに幼なじみのひとりに神木隆之介、主人公の妻に黒木華、県警のベテラン刑事に永瀬正敏、その後輩刑事に伊藤歩、元受刑者に渡辺大知、島の町長に余貴美子、偏屈な老人に柄本明と、脇を固める俳優陣も充実。監督は『ストロボ・エッジ』(2015)、『オオカミ少女と黒王子』(2016)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017)、配信ドラマ『彼女』(2021)などの名手・廣木隆一。

 過疎化が進む小島「猪狩島(ししかりじま)」では、今、地方創生推進特別交付金5億円の支給が現実味を帯びていた。それは、島にとどまった若者・泉圭太(藤原竜也)が生産を始めた黒イチジクが高く評価されたため。張り切って栽培、収穫に精を出す圭太に、彼の幼なじみの猟師・純(松山ケンイチ)も圭太の妻・加奈(黒木華)もバックアップに余念がない。そんなある日、島に目つきの怪しい男が入り込む。彼、小御坂(こむさか/渡辺大知)は幼児への性犯罪容疑で監獄に入っていた元受刑者。履歴書を手にした彼が向かったのは「いずみ農園」だった。娘に危険を感じた圭太はビニールハウスで小御坂ともみ合ううちに、つい彼をひどく振り払ってしまう。見ると、小御坂は地面で頭から血を流し、絶命していた。動揺する圭太に、幼なじみで新米警察官の真一郎(神木隆之介)は「島のためだ」と、「事故」を隠すことを提案。小御坂の失踪に疑念を抱く県警の刑事たち(永瀬正敏、伊藤歩)をなんとか煙に巻こうと、圭太、純、真一郎らは隠蔽工作を進めるが、実はその行動をひそかに見つめる島民がいた。

 藤原、松山の共演に期待する向きには十分、それに応えるだけのものは見られるはずだ。互いを認めている者同士の「競演」がそこにはあり、安心して見られる一方、熱演をやりすぎない配慮も伺えて、どこまでも心地よい。そんな両者のあり方は当然、周囲の俳優にも伝播しており、事件の経過を過剰に盛り立てようとするあざとい気配は見当たらない。柄本明の「ややボケ老人」や余貴美子の町長、それに渡辺大知の小御坂役らが構成上、「狂気の代弁者」を担うわけだが、やはり行きすぎのない表現にとどまる。

 すべては演出の結果だろう。「藤原竜也×松山ケンイチ」が表の話題なら、本作品の裏の(もしくは真の)トピックは、廣木隆一という名手が初めて殺人サスペンスというカテゴリーに手を染めていることである。主に人間ドラマ、恋愛劇、青春映画の畑で才能を羽ばたかせてきた同監督は、「人間」を深く彫り込むことに長けた人。サスペンス、スリラーという分野においては門外漢であり、いわば新人。監督の名前で見る映画を決める観客なら「何かの間違いだろう」と思うほどの意外な人選である。ところが、その廣木に北島直明プロデューサーは主演俳優よりも早く企画への参加を求めたというのだから面白い。

 サスペンスの前に「人間」があった。「心理」という部分でのドラマ作りを引き合いに出して、北島は廣木の起用理由を説明するのだが、結果からいえば、それ以上のものが生まれたといっていい。不可抗力とはいえ、殺人を犯してしまった人間にはどのような不安がまとわりつくのか。その心の機微は予想どおりの廣木流の手法で迷うことなくつづられおり、具体的には芝居の間をじっくり生かした長回し、奥行きのあるロケ地を生かしたカメラワークなどが最初から連発。どうしようもない人間の業と生理がそれこそいつもの独特の時間の中に無理なく描かれている。もはや、廣木流人間ドラマにサスペンスという要素が紛れ込んできたという位置関係の方が正しいのではないか。そんな気分さえ漂う。

 廣木隆一は俳優に好かれる監督である。型どおりの芝居を切り取るのではなく、その場所にいることの自然な空気作りから演出を始め、つまらない虚飾をいつの間にか俳優からはいでしまうからだ。ほんの少しの緊張を過ぎた後、得も言われぬ安堵を獲得した役者は、いつの間にかキャラクターではなく「人間」に変わっている。夫役の藤原竜也と食卓を囲むシーンでの黒木華の姿など、格好のサンプルだろう。笑顔も台詞も食事の仕方も、その何気ない何もかもが驚くほど「生きている」。芝居なのだけれども、芝居じゃない。俳優がきちんと人間に昇華し、長じて映画そのものが生きもののように呼吸を始める。一度でも廣木作品の撮影現場を訪れた者ならきっと目撃するはずのマジックなのだが、実にユニークな演出のさじ加減だ。

 登場人物が本物の重みを獲得していく一方、そこにめぐらされたサスペンスという虚構の枠組みが薄まってしまうのは仕方がないこと。サスペンスの仕掛けを生かすなら、登場人物をドラマの駒に封じ込め、早いカッティングで撮影を重ねて、事件の顛末を説明する方が効果的である。ところが、廣木演出ではそんな常套手段は持ち込まれない。状況描写の面白さ、物語の行方だけを追う観客にとって、それはどこか唐突であっけない展開とオチ。映画『ノイズ』は、だからサスペンスものとしては失格かもしれない。そのかわり、「人間」が刻まれている。人間が生々しくうごめいている。最大のスリルはそこにあった。宣伝惹句に使われている「新感覚のサスペンス映画」という表現、あながち間違ってはいない。

 ドラマがモタつくような前半部にどう演出の醍醐味を発見するかが、この映画を楽しむカギになっているともいえる。ちまたにあふれているようなサスペンスを見に行く感覚をいかに早く捨てて、廣木式「人間活写」に没入できるか。それがかなえば、きっと新鮮な世界が待っている。唯一、廣木演出の手から逃れられていると思われるのは、俳優業の合間に害獣駆除もやっているという松山ケンイチの猟師ぶりだろうか。妙に堂に入っていて、その方面のリアルに敏感な観客にはうれしいひとコマかも。

 1月28日(金)全国ロードショー
原題:ノイズ / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:128分 / 配給:ワーナー・ブラザース映画 / 監督:廣木隆一 / 出演:藤原竜也、松山ケンイチ、神木隆之介、黒木華、渡辺大知、永瀬正敏
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 同じ事務所に所属する藤原竜也と松山ケンイチが初めて共演したのは映画『デスノート』二部作(2006)でのこと。それぞれ夜神月、Lというキャラクターに扮し、スリリングな頭脳戦を展開。とりわけ、前年に『男たちの大和/YAMATO』(2005)で主役級に抜擢されたばかりの、まだまだ新進気鋭の俳優だった松山の名を一気に広めた。当時、絶賛された両者の演技、今こそ振り返っておきたい。

 黒木華という女優は今や日本を代表する女優であり、十分、主役の存在感を果たせる人。しかし、主役で成功している現在も、脇に回ることを億劫(おっくう)にせず、作品や主演陣をさりげなく際立たせて驚かせてくれる。山田洋次監督のもとで輝いた『小さいおうち』(2013)、『母と暮せば』(2015)をはじめ、岡田准一と共演した『散り椿』(2018)、『来る』(2018)、再び二宮和也と組んだ『浅田家!』(2019)、異様な教師役の『星の子』(2020)など好例が多いが、中でも松雪泰子の後輩会社員を演じた『甘いお酒でうがい』(2020)は痛快。黒木華の「脇」のすごみをあらためて確認してほしい。

 廣木隆一は1980年代初頭のピンク映画時代から長いキャリアを誇るベテラン監督。どの作品でも登場人物の人間性に深みをもたらしてきた名手だが、とにかく多作で、とても代表作など絞りきれない。それでも大杉漣主演の『不貞の季節』(2000)、寺島しのぶ主演『ヴァイブレータ』(2003)、坂口憲二主演『機関車先生』(2004)、榮倉奈々×瑛太の『余命1ヶ月の花嫁』(2009)、染谷将太、前田敦子らによる群像劇『さよなら歌舞伎町』(2014)あたりは映画初級者でも伝わるものがあるのではないか。廣木マジックを理解できた者なら、榮倉奈々と豊川悦司によるロマンス映画『娚の一生』(2014)や有村架純主演のささやかな人間ドラマ『夏美のホタル』(2016)、亀梨和也×土屋太鳳のアイドル映画『PとJK』(2017)などににじむ独特の「行間」の味わいにも気づくことができるはずだ。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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