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映画のとびら

2022年2月4日

マヤの秘密|映画のとびら #164

#164
マヤの秘密
2022年2月18日公開


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『マヤの秘密』レビュー
冷徹な目線が注がれた心理劇

 『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』(2009)、『プロメテウス』(2012)のノオミ・ラパスが主演と製作総指揮を兼ねたサスペンス・スリラー。1950年代のアメリカを舞台に、自身の過去に関係すると思われる男性を自宅に監禁した主婦が夫とともに思わぬ結末に直面するまでを描く。監禁される男を、ラパスと『チャイルド44 森に消えた子供たち』(2014)で共演したジョエル・キナマン。妻の行動に戸惑う常識人の夫に『デビル』(2010)、『アルゴ』(2012)のクリス・メッシーナ。ラパスから直々に監督をオファーされたのは『ベツレヘム 哀しみの凶弾』(2013)のユヴァル・アドラー。

 1950年代後半。郊外の田舎町は平和な空気に満ちあふれ、マヤ(ノオミ・ラパス)も息子パトリック(ジャクソン・ディーン・ヴィンセント)と穏やかな時間を芝生の上で過ごしていた。ふいに、その横で鳴った指笛がマヤの耳に届く。音の方を見ると、そこには犬の散歩をする独りの男。やがて車で走り去った彼は、数日後、マヤが合鍵を作るために訪れた店舗にも偶然、姿を現した。男の後を追って彼の住居まで向かったマヤは、家族と戯れる男の顔を見定めて思った。彼こそはヨーロッパ時代、マヤとその妹にひどい仕打ちをしたナチスの元軍人であると。工場帰りのその男トーマス(ジョエル・キナマン)を待ち伏せし、殴って自宅へと連れ込んだマヤは、医師の夫ルイス(クリス・メッシーナ)にこれまでのすべてを話した。自分が実はロマの出自であること、トーマスを捕縛した理由のすべてを。一方、夫婦の自宅の地下蔵に監禁されたトーマスはマヤの追及を完全に否定する。自分はスイス出身であり、軍隊も未経験。マヤの勘違いではないか、と。妻の異常な行動に戸惑うルイスも、妻が以前、精神を患っていたことを思い出し、その再発ではないかと疑いを持つ。しかし、妻は意見を変えない。いったい、どちらの声が正しいのか。

 狂言か、狂気か。その狭間を行き来する設定、ドラマ構造自体に新味はない。しかし、三者の葛藤と駆け引き、過去の記憶のフラッシュバックを織り交ぜたモンタージュにゆるみはなく、ほどよい緊張感の中に物語を最後の瞬間まで見せていく。出演陣の好演もさることながら、物語の組み立て、演出のうまさが際立っており、ナチスの恐怖やロマの悲哀などの余計なサブ・エピソードなどで大きく横道にそれることもない。ミステリー味の堅持が第一。その一方、クライマックスでは新たな戸惑いを観客に喚起させるなど、謎解きのスリルだけでなく、事件が残す「余波」にまでドラマの裾野(すその)を広げる。手垢がついた犯罪サスペンスも、アイデアひとつで新鮮に生まれ変わる。ひとつの好例といっていい。節々に配慮が行き届き、小回りのきいたセンスが光る。まさに、拾いもののサスペンス、といったところか。

 ユヴァル・アドラー監督によれば、もともとの脚本では主人公はユダヤ人という設定だったという。それをノオミ・ラパスと相談し、ラパスのルーツであるロマの血筋に変え、ナチスの収容所からルーマニア、アメリカへと逃げ延びてきた設定にした。ナチスはユダヤ人だけでなく、ロマも迫害している。その小さな変更が新たな歴史のアングルを観客に与えるだけでなく、主演のラパスに役へのモチベーションを高めさせたことも想像に難くない。今回、ラパスは製作総指揮に名前を刻んでいるが、脚本の改訂から監督の選定、配役への提言と、やっていることはほとんどプロデューサー。その作品にかける熱意が主人公マヤの狂気にも映る熱演につながり、過去のトラウマをめぐる激情に拍車をかけた。

 ラパスの熱演は見る者の目を集めるが、とはいえ、アドラーはその暴走に任せて作品を描かない。監禁された男の態度にも細かく配慮し、わけてもマヤの夫の個性を生かそうとする。このタイプの映画では、マヤの夫のような登場人物は損な役回りに終わることが多い。事件をエスカレートさせるか、観客に近い目撃者として存在することがもっぱらだろう。だが、アドラーは型どおりの脇固めを嫌った。この映画を2度でも見れば明らかだが、不思議と冷めた目線が全体を支配していることがわかる。ドラマの熱狂に溺れないそれは無論、アドラーのものであり、その冷徹な演出眼がヒロインと疑惑の男の対決だけでなく、夫を含めた実りある三者の心理劇へと昇華させた。原題の『The Secrets We Keep(私たちが抱える秘密)』の「We」とは誰を指しているのか。映画が終わったとき、それを頭の中で熟考していただきたい。

 2月18日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
原題:The Secrets We Keep / 製作年:2020年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:97分 / 配給:STAR CHANNEL MOVIES / 監督・脚本:ユヴァル・アドラー / 出演:ノオミ・ラパス、ジョエル・キナマン、クリス・メッシーナ、エイミー・サイメッツ
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 スウェーデン出身、今年43歳のノオミ・ラパスの名前を一躍、世界に広めたのは映画『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』(2009)だ。スティーグ・ラーソンのミステリー小説を映画化した同作品で得体の知れぬ天才ハッカー役を体当たりで演じたラパスのもとには、作品の世界的大ヒットとともに国際的なオファーが続々と到着。ロバート・ダウニー・Jr、ジュード・ロウと共演する『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』(2011)、リドリー・スコットに招かれた『エイリアン』(1979)の前日譚的SF作品『プロメテウス』(2012)、ブライアン・デ・パルマ監督との『パッション』(2012)と、独特の個性をうまく生かした役どころを獲得していった。

 『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』については2011年にハリウッドでリメイクされ、主演はルーニー・マーラが手堅く務めたが、マーラ演じるリスベットにラパスの姿がどうしても重なって見えてしまう観客も多かったろう。それほど、ラパスの登場は鮮烈だった。

 『マヤの秘密』(2020)もそうだが、ミステリーというカテゴリーにラパスは相性がいいのかもしれない。リドリー・スコットのプロデュースで、やはりスコットの肝いりで出演した国家陰謀劇『チャイルド44 森に消えた子供たち』(2014)などは主人公の捜査官(トム・ハーディ)の妻役に収まっているとはいえ、作品の気分をうまくにじませている。もちろん、『マヤの秘密』で共演しているジョエル・キナマンの好演も見逃してはいけない。

 最近では、ジョン・クラシンスキー主演のテレビドラマ『CIA分析官ジャック・ライアン』(2018-)に顔を出してドラマ・ファンにも馴染みが増えているラパスだが、一見、畑違いに映るコメディー映画『ストックホルム・ケース』(2018)は見ておきたいところ。俗にいう「ストックホルム症候群」の語源ともなった故国の事件を描く実話もので、ラパスは銀行強盗の人質役。やがて犯人のひとり(イーサン・ホーク)に惹かれていく普通の、でも普通じゃないかもと思わせる女性行員ぶりは一見の価値あり。

 ラパスの出自であるロマについて言及するなら、ボブ・ホスキンス監督・出演の『ジプシー 風たちの叫び』(1987)は必見。寄る辺なき民族の迫害の歴史が絶望的なまでに迫ってくる。もうひとつ、エミール・クストリッツァの監督第3作にして最高傑作『ジプシーのとき』(1989)も見逃せない。出演者の大半がロマで、彼らが話す言語もロマニ語。時に幻想的な景観で見る者を酔わせ、時に切ない青春の慕情を漂わせて、2時間22分の長尺に及ぶ青年の悲劇を微塵も飽きさせないのであった。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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