特集・コラム
映画のとびら
2022年2月25日
ライフ・ウィズ・ミュージック|映画のとびら #167【ステッカープレゼント】
シンガー・ソングライターのシーア(Sia)が劇映画監督デビュー。ある日、突然、自閉症の妹の面倒を見ることになった女性がすさんだ生活から徐々に回復していく姿を、シーアの歌曲に絡めてポップ&感動的に描いていく。シーア自身を反映した主人公を『あの頃ペニー・レインと』(2000)、『あなたにも書ける恋愛小説』(2003)のケイト・ハドソン。自閉症の妹をシーア制作のミュージックビデオの常連出演者であり、スティーヴン・スピルバーグ監督版『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)にも顔を出しているマディ・ジーグラー。姉妹の優しき隣人を『あの世、マイアミで』(2020)でアカデミー賞助演男優賞候補になったレスリー・オドム・Jr.が演じている。第 78 回ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞(コメディ/ミュージカル部門)と主演女優賞(ハドソン)の候補になった。
自閉症の少女ミュージック(マディ・ジーグラー)の一日は朝の散歩から始まる。親切なアパートの隣人のエボ(レスリー・オドム・Jr.)やジョージ(ヘクター・エリゾンド)らに見守られながら、近所のいつものコースを一周して自室に戻ってくる。そんなある日、ミュージックとともに暮らしていた祖母のミリー(メアリー・ケイ・プレイス)が台所で倒れたまま、息を引き取ってしまう。ミュージックに残された家族は、離れて暮らす姉のズー(ケイト・ハドソン)だけだった。連絡を受けたズーはアルコール中毒のリハビリ中で、普段は麻薬のディーラーをやっているようなダメ人間。ミュージックの世話などできる状態ではなかったが、しばらく一緒に過ごすうちに、思いもしなかった感情がわき上がっていくのだった。
アルコール依存症から立ち直ろうとするシリアスな更生物語には、シーア自身の実体験が重ねられているという。当初、男性を主人公として出発した企画だったが、ケイト・ハドソンに歌手としての可能性をシーアが見いだしたことで女性主人公へと転換。同時に、人間ドラマ部分をベースにミュージッククリップばりの歌曲&ダンス場面を加えるという構成も製作準備中に発展していったアイデアだった。歌曲披露場面はいずれも主人公の妹=ミュージックの心の内を映したものとのことで、ドラマ部分と正反対ともいえる明るさ、色彩豊かなトーンで描かれる。現実世界から一転、ふいにきらびやかなミュージックビデオ的風景が広がるそれは、ミュージカル的な手法ものぞかせつつ、単なるミュージカル映画とは断じきれない独自の感性もたたえた。こんなシリアスとポップが大胆に行き来する世界観、なかなか他では類を見ない。
撮影は2017年、マディ・ジーグラーがまだ14歳だった頃に行われ、その後3年以上も編集作業が行われたとか。社会問題を交えた人間ドラマ部分の鋭い目線もさることながら、シーアの映像感覚、映像処理には見るべき瞬間が多々あり、ミュージックビデオでの経験があったとはいえ、初監督劇映画でここまでなめらかな語り口を獲得できている事実には驚かされる。音楽的にも、それまでのシーア作品とは少々、毛色の違う気分、広がりが感じられる部分があり、それは間違いなく人間ドラマ/映画作りを掘り下げたがゆえに生まれた結果。コンセプト的には2014年に発売されたアルバム『シャンデリア』の延長にある内容ともいえ、同時に「映画音楽」というカテゴリーの可能性と醍醐味を示す好例ともなっている。
かつてシーアは素顔を隠し、どんな表情を持つのかさえ判然としない歌手であった。さまざまな困難を克服した今でこそ、顔を隠すことはなくなっているが、この映画では顔だけでなく心も解放しようとしたのではないか。その意味では、これはオーストラリア出身の人気シンガー・ソングライターのある時期のポートレートでもあり、あらためて「音楽とともに生きる」との決意を刻んだ意思表明の記録といえるかもしれない。自閉症の少女に、あえて「ミュージック」という名をつけた意味、決して浅くない。
頭を丸刈りにしてヒロイン役に臨んだケイト・ハドソンは、無様なほどダメ人間の体臭を醸していて好演。シーア音楽のミューズであるマディ・ジーグラーの独特の存在感に今後の活躍を期待しない観客はいないだろう。シーアは監督、脚本、プロデュースを務めるだけでなく、「国境なきポップスター」という肩書きでチョイ役出演も果たしている。また、ブラッド・ピットの元恋人であり、『ケープ・フィアー』(1991)、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994)など、1990年代に注目を集めた美人女優ジュリエット・ルイスもドラッグの顧客としてワンポイント出演。これもファンにはうれしいところだろう。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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本作の主人公・ズーとズーの妹ミュージック、優しい隣人のエボの主要キャラクター3人が穏やかに過ごす風景をエモーショナルに切り取ったポスタービジュアルと、ミュージックお気に入りの目玉焼き、そして『いつかティファニーで朝食を』、『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の大人気漫画家マキヒロチ氏描き下ろしのイラストがおしゃれなオリジナルステッカー3種のセットです!
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