特集・コラム
映画のとびら
2022年3月18日
とんび|映画のとびら #171【全国共通鑑賞券プレゼント】
重松清が2003年に新聞小説として発表し、2008年に書籍化された人気小説を実写映画化した人間ドラマ。男手ひとつで息子を育てる無骨な父親と、その父を愛しつつも素直になれない息子、その数十年にわたる姿が感動的に描かれる。父親に阿部寛、息子に北村匠海。監督には、主演の阿部の希望により、『64 -ロクヨン-』(2016)、『糸』(2020)の瀬々敬久が登板。瀬々と阿部は過去に『HYSTERIC』(2000)と『RUSH!』(2001)、『護られなかった者たちへ』(2021)でタッグを組んでいる。
昭和37年(1962年)、広島県備後市。28歳の男・ヤス(阿部寛)は、妻・美佐子(麻生久美子)から近々生まれてくる予定の子どものために運送業の仕事に精を出していた。幼い頃に両親との不幸な離別を経験していたヤスにとって、自身の家族を持つということは人生最大の夢であり、喜びであったのだ。生まれてきた息子はアキラと名付けられる。しかし、ある日、美佐子が予期せぬ事故で死亡。瓦解した幸せの日々に打ちひしがれるヤスは、それでも小料理屋の女将・たえ子(薬師丸ひろ子)、寺の跡取り息子・照雲(安田顕)ら、優しい友人や隣人に支えられて、なんとか幼いアキラを育て上げていくが、アキラ(北村匠海)の成長とともに、今度は進学問題などの新たな悩みにとらわれていく。
ヤスの授かった息子が父に似ず、可愛らしいことから、隣人たちは「トンビがタカを生んだ」と冗談めかしながらその誕生を祝った。それが題名の由来となっている。とんびはうまくタカを育てられるのか。「細腕」ならぬ「太腕奮闘記」。不器用ながらも懸命に子育てに励む男親の純情に心が揺さぶられる。
物語は成長したアキラのモノローグで展開していく。一種の回想形式であり、昭和37年、昭和49年、昭和54年、昭和63年、そして原作にない令和の年次エピソードまでも交錯させ、ヤスの尽力をつまびらかにする形をとった。基本的に「昭和人情」を軸にした物語だが、編年形式で進行させないことでフットワークの軽みもかなえており、若い世代にも見やすい仕掛けになっているのではないか。
重松清の原作は過去に2度、テレビドラマとしてNHK、TBSで映像化が果たされている。ヤスを堤真一、内野聖陽がそれぞれ演じているが、いずれも「田舎町の名物男」という立ち位置は変わらない。ラクダシャツに作業着という出で立ち。直情的で頑固一徹。すぐに頭に血が上って、口よりも先に手が出る。その割にはどこか繊細で、間違いを正すために自分で自分を殴ったりもする。何かとコンプライアンスが叫ばれる現代では受け入れがたい「化石男」なのだが、かつての日本にはどこにでもいた「原石」であった。今や失われつつあるむき出しの一本気が郷愁を呼び、体を張った教育が真実を撃つ。阿部寛という当代きっての人気俳優がそれを演じることで、観客はここでも最良の「日本の心への窓口」を得たといっていい。
阿部寛は文字どおりの体を張った熱演。北村匠海のアキラは健康的でさわやか。ヤスの「町の隣人」を演じる薬師丸ひろ子、安田顕、麿赤児、大島優子、宇梶剛士、尾美としのり、濱田岳、そしてアキラが東京で心を通わせる女性役の杏など、脇の面々が繰り広げる「情のうねり」も大きな作品の支えとなった。
阿部、北村の親子がマイトガイこと小林旭の持ち歌《ダイナマイトが百五十屯》(1958年発表)を車中で合唱する場面なども、ある世代にはたまらなく心地よいだろう。
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◆ご応募はOPカードWEBサービスからエントリーしてください。
<応募期限:
2022年3月23日(水)まで>
※当選者の発表は商品の発送をもってかえさせていただきます。
※商品の発送は2022年3月末を予定しています。
※小田急グループ関係者の応募はできません。
1980年代半ば、阿部寛のファッションモデル時代を目の当たりにしている世代にとって、映画『とんび』(2022)でのヤスというキャラクターはある種、驚天動地の姿かもしれない。「まさかあの美男モデルが小汚い昭和オヤジを演じるとは!」という衝撃である。
かつて阿部寛は雑誌『メンズノンノ』の人気モデルであり、その勢いに乗って南野陽子主演のアイドル映画『はいからさんが通る』(1987)で俳優デビューを果たした。その後も容姿が重視されたような作品が数年間続き、渡辺謙主演のテレビ時代劇『仕掛人・藤枝梅安』シリーズ(1991-1993)で小杉十五郎という好漢を演じる機会があっても、仕事はなかなか安定しなかった。
1993年、舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イルージョン』でつかこうへい演出の洗礼を受けたことが大きな転機になったといわれる。この時代、武田鉄矢との映画『プロゴルファー織部金次郎』シリーズ(1993-1998)での周役を懐かしむファンもいるだろうが、一般にブレイクしたとなれば、やはり仲間由紀恵とのテレビドラマ『TRICK トリック』シリーズ(2000-2014)である。ギャグ喜劇の世界に身を投じ、二枚目路線を捨てたとき、彼の俳優人生は真に輝き始めたのである。
テレビドラマでは『HERO』(2001)、『ドラゴン桜』(2005/2021)、『結婚できない男』(2006)、『新参者』(2010)、『下町ロケット』(2015/2018)などの話題作に恵まれ、映画では『チーム・バチスタの栄光』(2008)、『ジェネラル・ルージュの凱旋』(2009)、『麒麟の翼 〜劇場版・新参者〜』(2012)、『テルマエ・ロマエ』(2012)などのヒット作が生まれた。
昭和オヤジという部分では中谷美紀共演の『自虐の詩』(2007)の元ヤクザ、『
聯合艦隊司令長官 山本五十六』(2011)の山口多聞艦長役に「根っこ」を感じるファンもいるだろう。人間味を見るということでは、是枝裕和監督による『歩いても 歩いても』(2008)、『海よりもまだ深く』(2016)が重要。『幸福の黄色いハンカチ』(2011)、『遥かなる山の呼び声』(2018)という山田洋次原作のテレビドラマで、高倉健が演じた有名キャラクターに新たに命を吹き込んだことも、もちろん意義が大きい。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。