特集・コラム
映画のとびら
2022年5月6日
劇場版 おいしい給食 卒業|映画のとびら #179【クリアファイルプレゼント】
給食が好きで好きで仕方がない中学教師を描く人気テレビドラマの映画版第2弾。前作『劇場版 おいしい給食 Final Battle』(2020)がドラマ版シーズン1の完結編であったように、今回はシーズン2のフィナーレとなる。主人公の数学教師には、もちろん、市原隼人。主人公に翻弄される女性教師に土村芳、主人公が対抗心を燃やす生徒に佐藤大志、給食配膳員にいとうまい子、学校長に酒井敏也、体育教師に勇翔(BOYS AND MEN)、主人公と対立する教育委員会職員に直江喜一、駄菓子屋のお春に木野花と、シーズン2の主要出演者は続投。ドラマ版のメイン演出・綾部真弥がそのまま監督を務めている。
1986年秋。中間試験も終わり、黍名子(きびなご)中学にも受験シーズンが訪れようとしていた。数学教師・甘利田幸男(あまりだゆきお/市原隼人)が受け持つ3年1組にもそれぞれが進路を決めるときが近づく。給食の食べ方をめぐって甘利田が(勝手に)火花を散らしている神野ゴウ(佐藤大志)も、さすがに甘利田の厳しい指導に身が引き締まる毎日かと思えば、登校後に配膳室に直行し、献立の「偵察」に向かうという相変わらずのマイペースぶり。そして、例によって、想像を超える食の工夫で給食に臨み、甘利田を粉砕するのだった。そんなある日、甘利田は学校帰りの駄菓子屋でうっかりウイスキーボンボンを食べたことで酔っ払ってしまい、それ以後の記憶を喪失。一緒にいた同僚の宗方早苗(土村芳)に何やらとんでもないことをしでかしてしまった様子。一方、給食センターでは給食のヘルシー化を目指し、メニュー改革の事案が進んでいた。試食会に忍び込んだ甘利田はそのあまりに素っ気ない味と量に仰天。給食センター職員の四方田(登坂淳一)に「あなたたちは給食の何たるかを、本質をわかっていない!」と憤怒する。しかし、どうやら裏で糸を引いているのは教育委員会の鏑木(直江喜一)らしいのだった。
バカバカしくも熱い「給食バトル」の縦軸に、給食の危機をめぐる苦闘、女性教師とのほのかな慕情を絡める。そんな構造において、ふたつの「劇場版」は似通っている。シリーズのファンなら『Final Battle』の気分で劇場に向かっても失望することはないだろう。もちろん、細部の状況はずいぶん異なる。受験をめぐる物語は生徒たちだけでなく、教師たちにも思わぬ選択を課した。ラストシーンににじむ、ほろ苦くも温かい気分はシリーズきっての味わいかもしれない。可笑しゅうて、やがて寂しき甘利田かな。いや、寂しくなんかない。甘利田はまた新たな戦いの地へ向かうのだ。見終わった観客の思いもさまざまだろう。
甘利田と神野のバトルは例によって堅調。血管浮き上がりまくりの市原の「ひとり相撲」には思わずプッと吹き出すこと請け合いである。ただし、シーズン1のような無邪気なバトルの連続に終わっていない。終えんに向けて、バトルは確かな変容をする。最後に登場する「キング・オブ・給食」の果てに、甘利田と神野はどんな景色を見るのか。甘利田は最後の最後で神野に何を言おうとしたのか。「戦士」同士だけが知る互いの真情、将来をめぐる相互理解が胸に熱い。
市原隼人にとって『おいしい給食』シリーズは俳優人生においてもアイコン的出世作になった。喜劇的な役割を長い時間をかけて掘り下げること、戯画的な顔芸に挑むこと、舞踊にも似た喜びの全身演技を極めること。いずれもそれまでの彼にはない経験であり、視聴者に受け入れられることで、市原はさらに羽ばたいた。ふたつのシーズンとふたつの劇場版は、枠から解き放たれた人気俳優の実力と輝きを知る機会でもある。この『卒業』では「酔拳」まがいの二日酔い演技も見せているが、個人的にはやはり生徒たちと一緒に配膳の列に並ぶ甘利田の、一見、なんでもなさそうな芝居が白眉。順番を待ちきれず、「まだかな、まだかな」と列の先頭を目で追う甘利田=市原のドキドキ、ソワソワぶりは、シーズンを経てこの劇場版にまで来るといよいよ至芸である。滑稽を越えて、頼もしく、もはや美しい。
今回の劇場版では給食センター職員の役でふたりの新規出演者が顔を並べている。ひとりは、NHK出身のフリーアナウンサー、登坂淳一。もうひとりはBOYS AND MENの田村侑久。同ボイメンからの出演者といえば、シーズン1の常節(とこぶし)中体育教師役・辻本達規がおり、シーズン2以後の黍名子中体育教師役・勇翔がいた。ふたりに続く第三の男の登板はグループのファンにとってもきっとうれしいところ。
「卒業」のときは確かに訪れた。生徒にも教師にもそれぞれに旅立ちの瞬間が来る。本当にこれがフィナーレなのか。いや、卒業があるなら新学期もあるじゃないか。新たな甘利田のドラマはきっと作られるはず。そんな希望をつなぐのも一興だろう。1980年代の古き良き時代に、もしかしたらいたかもしれない、いや、いてほしい熱血給食愛教師の物語は、それほどに刺激的で愛すべきロマンの香りをまとっている。
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「元気がなければ何もできない。勉強だってできない。元気でいたければ飯を食わなければならない。しかも、おいしく、だ。いいか、受験に失敗したくなければ飯に集中しろ。よくかめばブドウ糖が出て脳を活性化する。そうすれば、解けない難問も楽勝だ。食べる行為、すなわち生きる術。これが人間の基本だ」
甘利田が『劇場版 おいしい給食 卒業』(2022)で生徒に説いた受験への訓戒である。その異常なまでの食へのこだわりは、すべて料理下手の母親に起因している。
抑えきれぬ給食へのワクワク感を踊りで見せ、モノローグで給食のおいしさを説明。一旦、満足しながら、神野の工夫に圧倒されて自沈するという甘利田=市原隼人のスタイルはドラマ版のシーズン1から変わっていない。シーズン1は2019年10月に全10話の放送が開始。舞台となるのは、1984年夏の常節(とこぶし)市立常節中学校。1年1組の担任にして給食マニアの甘利田が神野との果てなきバトルを繰り返すのが骨子となっている。ヒロイン的な位置に立つのは産休補助で短期赴任してきた御園ひとみ(武田玲奈)。彼女の目線に映る甘利田の姿がまた独特の笑いと詩情を醸し出した。
そのシーズン1で火がついた人気を受けて『劇場版 おいしい給食 Final Battle 』(2020)が製作される。同作品で初めて教育委員会の鏑木が登場。常節市内の中学校の給食を廃止するという、とんでもない画策を図る鏑木に対し、甘利田は頑として立ち向かうのだった。
鏑木に戦いを挑んだ結果、甘利田は常節中学から黍名子中学へ転任。その新たな生活が『おいしい給食 Season2』(2021)で描かれる。放送時期は2021年10~12月。甘利田は自身の名前を彫った「マイ箸」を持参して、日々の給食を楽しむ毎日。そこへ、なんと常節中から神野が転校してくる。新たなバトルの行方は、甘利田と鏑木の戦いを絡めて、さらにエスカレートしていく。土村芳が演じる宗方早苗はこのシーズンから登場。当初、甘利田の行動に疑念を抱いていた早苗は、彼の愚直なまでの給食愛と真っ直ぐな性分に徐々に理解を示していく。甘利田と早苗、ふたりの関係性の深みがこれまた作品の味わいとなって、笑いをいよいよ「うまそげ」にしていくのであった。
ひとりひとりがクローズアップされることは少ないが、生徒役にふんした若い俳優陣に注目し、青田買いをするのもこのシリーズの楽しみかもしれない。今回の『卒業』では望田咲空演じる俵みなみにスポットが当てられている。進路をめぐって彼女が発する乙女な心情は、なんともいじらしい。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。