特集・コラム

映画のとびら

2022年8月25日

さかなのこ|映画のとびら #200

#200
さかなのこ
2022年9月1日公開


(C)2022 「さかなのこ」製作委員会
『さかなのこ』レビュー
没頭できる人生にギョギョギョ!

 さかなクンの自伝的エッセイ『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』(2015/講談社刊)を原作に、魚好き少年のひたむきな人生をユーモラスに描くほのぼのコメディー。『横道世之介』(2013)の監督(沖田修一)&脚本(前田司郎)コンビが9年ぶりにタッグを組んで映像化した。

 主人公のミー坊に、のん。ミー坊の幼なじみ・「狂犬」ことヒヨに柳楽優弥。不良グループの総長に磯村勇斗。同グループのメンバー「カミソリ籾」こと籾山(もみやま)に岡山天音。ミー坊の親友モモコに夏帆。ミー坊の母親ミチコに井川遥。ミー坊の近所に住む風変わりな魚好き男「ギョギョおじさん」にさかなクン。さかなクンと実際に中高で同級生だったという「ドランクドラゴン」の鈴木拓も教師役でゲスト出演。

 物語は、8歳時のミー坊から始まる。魚に夢中のミー坊は毎日、魚のイラストを描き、学校では魚の記事を載せた「ミー坊新聞」も制作。同じ魚好きの「ギョギョおじさん」(さかなクン)とは気の置けない仲となり、部屋に魚がいっぱいいるおじさんの部屋に夢中だった。やがて、高校生になったミー坊(のん)は、訳あって母親とのふたり暮らしを開始。日本初となるカブトガニの人工孵化(ふか)に成功してマスコミから注目されると、魚博士になる夢を見るようになる。だが、魚以外のことに興味を持つことができないミー坊に進学の目はなく、実社会に出るや、さまざまな試練に遭遇していくのだった。

 さかなクンの経験を下敷きにしているが、さかなクンの伝記というわけではない。あくまで、さかなクンみたいに魚が大好きな少年の物語。では、さかなクンの「実話」を楽しみにしている観客がガッカリするかといえば、恐らくそうはならない。仮にさかなクンの物語として見始めても、お話が進むにつれ、それがいい意味でどうでもよくなっていくから不思議。最大の理由は恐らくキャスティングにある。

 のんのキャスティングは脚本執筆段階でアイデアとしてすでにあり、ほぼ当て書きのような形で書き進められたという。性が逆転している面白さをねらったというより、そもそも本質的にさかなクンとのんは同系列の人間だった。どちらも自分の好きなことだけを生活の中心に置き、脇目を振らず人生を歩んでいる。さかなクンは魚類学者、のんは「創作あーちすと」。探求するものが違うだけで、どちらも表現者。「魚」をモチーフに両者の個性が時に重なるように、時に別種のものとして浮かび上がり、やがて「何かに没頭する人生」の豊かさが画面の節々からあふれ出てくる。思わず、何かに没頭したくなる。

 換言するなら、さかなクンの人生を媒介にした個性豊かな芸術家の物語。学業はおぼつかないけど、ある方面にとてつもない才気を炸裂させる。誰かをそねみ、やっかむことなく、純粋に関心の向く方向にまっすぐに歩いていく人。そんな「子」はやっぱりいる。たとえばこの作品、天才画家・山下清を描いた堀川弘通監督、小林桂樹主演の劇映画『裸の大将』(1958)、並びに芦屋雁之助が山下を演じたテレビドラマ『裸の大将放浪記』(1980-1997)をなんとなく連想させる。自伝『山下清の放浪日記』(1958/現代社刊)をもとにした喜劇風味の同映像作品は、主人公の無垢な行動が周囲に喜びや温もりをもたらしていく展開あたりに、特に『さかなのこ』(2022)と気分を通じさせてやまない。そういうさわやかさ。

 沖田修一の演出は『モヒカン故郷に帰る』(2015)、『モリのいる場所』(2017)、『おらおらでひとりいぐも』(2020)などの過去作品同様、ゆるやかなペースの中に組み立てられているが、主人公の奮闘が上り調子となる後半へ向けて、徐々に独自の弾みを獲得して展開をモタつかせない。中でも、のんのはつらつとした存在感が大きい。彼女の姿を眺めているだけですがすがしい。楽しい。

 事件は起きても幸せいっぱい、のどかで優しい人間ドラマ。じっくり味わっていただきたい。

 9月1日(金)全国ロードショー
原題:さかなのこ / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:139分 / 配給:東京テアトル / 監督・脚本:沖田修一 / 出演:のん、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、西村瑞季、宇野祥平、前原滉、鈴木拓、島崎遥香、賀屋壮也(かが屋)、朝倉あき、長谷川忍(シソンヌ)、豊原功補、さかなクン、三宅弘城、井川遥
公式サイトはこちら
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「俳優・のん」はどこまで進む?

 思えば、のんという俳優は昔から性別を超えた存在であった。たとえば、能年玲奈名義の頃を振り返っても、阿部寛主演の詐欺師映画『カラスの親指』(2012)でのスリ少女、大きく大衆認知を果たしたNHK朝ドラ『あまちゃん』(2013)の快活少女、東村アキコ原作『海月姫』(2014)のクラゲ大好き少女など、ひと癖もふた癖もある個性的な役がハマるハマる。のん名義となっても、大九明子監督作品『私をくいとめて』(2020)ではおひとりさまライフを満喫する「こじらせOL」をコミカルかつ快活に演じきった。事ここに至っては、真正面から恋愛劇に挑んだ人気コミックの映画化作品『ホットロード』(2014)など、人物設定が単純すぎるように見えて物足りないほど。

 こうの史代の人気漫画を片渕須直監督がアニメーション化した『この世界の片隅に』(2016)では主人公すずの声を小学生から成人になるまで演じきり、今回の『さかなのこ』(2022)でも高校時代から40代までを見せきって、性別どころか年齢さえ軽々と超えた。また、『おちをつけなんせ』(2019)では脚本、撮影、主演を兼任しつつ、監督デビュー。監督第2作『Ribbon』(2022)でも、脚本と主演を兼任。役者とフィルムメーカーの壁をも軽々と越えてしまっている。さかなクンも思わずギョギョギョの快進撃。どこまで表現の幅を広げるのか、その活動を楽しみに追いかけていきたい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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