特集・コラム

映画のとびら

2022年11月4日

あちらにいる鬼|映画のとびら #215

#215
あちらにいる鬼
2022年11月11日公開


©2022「あちらにいる鬼」製作委員会
『あちらにいる鬼』レビュー
鬼とは誰か

 直木賞作家・井上荒野による同名小説を映画化。父・井上光晴と恋愛関係にあった瀬戸内晴美(後の瀬戸内寂聴)、そのふたりの関係を認識しながらも光晴と添い遂げた母をモデルに、男女3人の独特にして深い関係図を描く。脚本を『火口のふたり』(2019)の荒井晴彦、今年だけで『母性』(2022)、『月の満ち欠け』(2022)に本作を含む3本の新作が劇場公開される廣木隆一が監督を務めた。

 1966年春、恋愛小説で人気を集めていた長内みはる(寺島しのぶ)は4歳年下の作家・白木篤郎(豊川悦司)と出会い、ほどなくして恋仲となる。みはるには年下の夫(高良健吾)が、白木には笙子(広末涼子)という妻がおり、道ならぬ恋であった。かねてより夫の女癖の悪さを承知していた笙子は、みはるとのことも黙認する姿勢を貫くばかりか、これまでどおり夫の荒原稿を清書する仕事を黙々とこなし、さらには自身が書いた短編小説も夫名義で発表していく。そんなみはると笙子の間にありながら、白木の奔放な女性関係は続き、やがてみはるは出家の決意を白木に告げるのであった。

 「出家とは、生きながら死ぬこと」と、劇中の長内みはるは語る。そして「あなたからまず切って」と、愛する男にかみそりを手渡すのである。なぜ「生きながらの死」を選ぶのか。それは恋愛の死を指すのか。恋愛マスターとして人気が高かった瀬戸内寂聴が出家をする契機となった恋愛、それは「好き、嫌い」の尺度などでは到底表現しきれない「結びつき」。いや、「好き」だからこそ、極めて単純ななれの果て、とするべきか。一方、男の妻は、夫と肉体関係にある女の存在を知りつつ、なぜそれを呑み込み、家庭生活を続けるのか。そんな女性ふたりの狭間で作家の男は何を思い、それ以外の女性関係も深めるのか。

 井上光晴をモデルとした作家・白木篤郎は、いわゆる「火宅の人」だろう。あまたの女性を手にかけた「罪深くも弱き男」であった。では、そんな男に惚れてしまった女性たちは敵同士となるのか。

 映画『あちらにいる鬼』(2022)は「問いかけ」と「得心」の狭間を行き来するような物語といえるかもしれない。端から見れば、だらしない不倫劇。しかし、男と女はそう単純でもないだろう。だれもが野次馬感覚で見始めるこの物語は、いつの間にか観客自身の写し絵となり、次第に踏み絵へと変わり、やがてそれぞれの答えへと導かれていく。そこには、どんな「性と生」をめぐる情念と諦念がにじむのか。

 ヒロインの出家がクライマックスではない。出家のあとが真のクライマックスである。そう、3人の関係図は出家後も続く。「生きながら死ぬこと」を選んだ女性は何と対峙するのか。妻としての立場を守り続けた女性は単なる頑固な常識人間なのか。男は肉体関係の先に何を見るのか。その「先」が、いい。

 ドロドロの三角関係ドラマを期待する人は用心した方がいい。生臭いだけの性欲劇ではないからだ。かといって、安直な愛情美談にも終わっていない。きれいごとで片づけられるほど、男と女の関係は甘くない。どの人間もアカにまみれている。よごれている。でも、美しい。そして、ある面においては、恐ろしい。

 廣木隆一、荒井晴彦、寺島のトリオは『ヴァイブレータ』(2003)、『やわらかい生活』(2005)に続き、確かな人間の体臭が放たれていてお見事。寺島と豊川の顔合わせには、渡辺淳一原作の『愛の流刑地』(2006)を重ねて見るのも一興のはず。広末にとってはキャリア上、最大の大人の物語かもしれない。不倫相手を見つめるときの形相など、これまで見せてきたことがあっただろうか。もちろん、寺島も豊川もいい表情をしている。とりわけ、映画のラスト、長回しで映し出される寺島の顔は素晴らしい。そこには人間が抱える業への優しくも哀しい「悟り」が透けた。それを絞り出した廣木演出もすごい。

 鬼とはいったい誰を指すのか。鑑賞後にそんな問いを自らにぶつけてみるのも楽しいだろう。

 11月11日(金)全国ロードショー
原題:あちらにいる鬼 / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:139分 / 配給:ハピネットファントム・スタジオ / 監督:廣木隆一 / 出演:寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子、高良健吾、村上淳、蓮佛美沙子、佐野岳、宇野祥平、丘みつ子、夏子、麻美、高橋侃、片山友希、長内映里香、輝有子、古谷佳也、山田キヌヲ
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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