特集・コラム

映画のとびら

2022年11月30日

月の満ち欠け|映画のとびら #221

#220
月の満ち欠け
2022年12月2日公開


©2022「月の満ち欠け」製作委員会
『月の満ち欠け』レビュー
愛のリーインカーネーション

 作家・佐藤正午が2017年に発表し、第157回直木賞を受賞した同名小説を映画化。ある日突然、妻子を失った男が数年後、娘と妻をめぐる驚くべき愛の物語に直面する。監督は『ノイズ』『夕方のおともだち』『あちらにいる鬼』『母性』に続き、これが今年5本目の公開作品となる廣木隆一。

 サラリーマンとして充実した日々を過ごしていた小山内堅(つよし/大泉洋)は、ある日、愛する妻・梢(柴咲コウ)と高校生の娘・瑠璃(菊池日菜子)が車で出かけようとした矢先、交通事故死したことを営業の出先で知る。打ちひしがれた堅は、その後、会社員の職を辞し、故郷の青森で母親とふたり、寂しい暮らしをすることに。そこへ現れたのがカメラマンの三角哲彦(みすみあきひこ/目黒蓮)だった。三角は事故当日、瑠璃が会おうとしていたのは自分であり、瑠璃はかつて自分が愛した同名の女性(有村架純)の生まれ変わりだったのではないかと堅に告げる。あまりの内容に気が動転し、三角を家から追い出すしかなかった堅だったが、数年後、さらに驚くべきことが娘の親友(伊藤沙莉)からもたらされるのだった。

 恋愛ドラマにファンタジー要素を絡めた作品とも、ファンタジーの世界観を恋愛要素でまとめ上げた作品とも言い換えていい。どちら側のファンからでも楽しむことができるというハイブリッドな魅力を備えた野心作であり、不思議な浮遊感の中に、地に足の着いた人間模様がつむがれる感動作である。

 輪廻転生(りんねてんせい)について記すなら、これまで往々にして恐怖映画、もしくはスリラーとして料理されることが多い題材であった。「死」が前提として描かれること、さらに超常現象の一種としての認識が強かったことなどが理由だろう。この『月の満ち欠け』も悲劇がまず描かれた。悲嘆に暮れる父親は見知らぬ青年から娘が別の同名女性の生まれ変わりだと伝えられる。そういえば、娘は幼少期、行ったこともない東京・高田馬場のレコード屋へ仙台からひとりで向かったことがあった。あれもそれが理由だったのか? 懊悩(おうのう)する父親の姿はいつサスペンス映画に突き進んでもおかしくない。ところが、この映画は突然、堅の描写から離れ、三角の視点の物語へと一転し、時間をさかのぼっていく。

 それは三角が大学生の頃の物語。瑠璃という名の年上女性との道ならぬ恋が本格的なラブストーリーとしての気分を一気に映画に充満させる。三角と瑠璃がつむぐ狂おしくも淡い悲恋、ファンタジーの要素にまみれても、その幻想性に惑うことなく、最後まで恋愛劇のトーンを崩さなかった。

 恋愛劇の地盤を固める役割を担ったのは廣木隆一の演出の結果である。役者から本物の感情を引き出すことに長けた演出家にとって、恐らく輪廻転生という要素は衣裳の一部という程度のものだったかもしれない。生まれ変わってでも遂げたい恋もあるだろう。それほどまでに相手に思いを寄せる人間だっているに違いない。その感情はウソにしたくない。そんな廣木の声が聞こえるかのようだ。しかし、古い恋だけを描くとなると、堅という父親はそれをつなぐサポート役でしかない。そのままではファンタジー要素に呑まれたことになる。果たして、映画は再び現代に戻り、恋の結末を見届ける役割を堅に担わせるのだった。

 事故死したのが娘だけでなく妻も、というのもこの映画のミソ。物語はクライマックスに向け、生まれ変わりの恋とは別の恋も用意していた。添い遂げられなかった大学生と年上女性の悲恋、夫と妻の間に秘められた慕情。現代と過去が絡み合いながらつづられる「ダブル恋愛」構成の、なんとユニークな味わい。その凝った語り口のもと、観客は最後の最後でファンタスティックな感涙の場へと導かれていくのである。

 当事者の意図せぬ生まれ変わりが大方の輪廻転生映画である。だが、ここでは強い意志によって「心」が別の世代の体へと移っていく。思いがそれをかなえた。深い恋心がそうさせた。どこまでも続く愛のリーインカーネーション。あの人もこの人も、もしかしたらだれかの生まれ変わり。運命の赤い糸を信じた人たちがついにかなえた現在。鑑賞後、そんなことを考えながら映画館を後にする人も多いのではないか。

 大泉洋は28歳から55歳までの幅広い年齢を無理なく演じて安定のたたずまい。妻役の柴咲コウも大人の女性の中に少女のような純情をのぞかせて魅力的。目黒蓮の一途な大学生は実にさわやか。有村架純はほのかに色香を漂わせて年上女性役を輝かせた。廣木隆一作品に出演する役者は皆、人間味豊かである。

 12月2日(金)全国公開
原題:月の満ち欠け / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:128分 / 配給:松竹株式会社 / 監督:廣木隆一 / 出演:有村架純、目黒蓮(Snow Man)、伊藤沙莉、田中圭、柴咲コウ、菊池日菜子、小山紗愛、阿部久令亜、尾杉麻友、寛一郎、波岡一喜、安藤玉恵、丘みつ子
公式サイトはこちら
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廣木隆一×有村架純、または輪廻転生映画

 有村架純にとって、映画『月の満ち欠け』(2022)は『ストロボ・エッジ』(2015)、『夏美のホタル』(2016)に続く3本目の廣木組。これまでで最も大人の役であり、最も艶(つや)っぽい雰囲気を持った役どころである。そもそも、廣木映画ほど有村を色っぽく描いている作品もない。

 『ストロボ・エッジ』では恋に奥手の高校生。有村にとって演技開眼となった作品であり、同時に恋物語にリアルな空気を吹き込む最初の経験だったのではないか。続く『夏美のホタル』では将来に迷いを感じている女性役。工藤阿須加演じる恋人との同棲の日常が冒頭で描かれるが、そこでベッドを共にする場面のなにげない色気はどうだろう。色香がなくとも作品はできるが、色香がなければ恋の実感を映し出すことはできない。それが廣木流。『月の満ち欠け』へとつながる色香発露の作品として見ておきたい一本だ。

 輪廻転生を題材にした作品では、そのままズバリ『リーインカーネーション』(1975)をまず押さえておきたいところ。見知らぬ女性に湖に沈められる悪夢ばかりを見る青年が、ある日、出会った女性の正体は? マイケル・サラザンという俳優が人気絶頂だった頃の恐ろしいスリラーだ。前世の悲劇が繰り返されるという点で同じ路線にあるのがロバート・ワイズ監督作品『オードリー・ローズ』(1977)。娘が交通事故死した少女の生まれ変わりと知った両親の苦悩と戦い。これまた手に汗握る迫真のホラーである。

 スリラーの枠組みでは、ケネス・ブラナーが初めてアメリカ資本で撮った監督・主演作『愛と死の間で』(1991)がなかなかの見ごたえ。観客が「こういう生まれ変わりだろう」と思っていたものが、クライマックスで「そういう生まれ変わりだったのか!」と驚かされる野心作だ。

 ホラーやスリラーと異なる色合いで輪廻転生を描いた作品ではベルナルド・ベルトルッチ監督、キアヌ・リーヴス主演の『リトル・ブッダ』(1993)が思い出される。冒頭、アメリカの普通の家庭にチベット僧がいきなり現れ、「あなたの息子はダライ・ラマの生まれ変わりです」と仰天発言。そこから始まる寺院への奇妙な旅はいろいろな意味で話題を呼んだ。

 ニコール・キッドマン主演の『記憶の棘』(2004)も輪廻転生をネタにしたかなりユニークなミステリー。10年前、心臓発作で夫を失った未亡人が、ある日、10歳の少年から「僕は君の夫の生まれ変わりだ」と告げられる、という物語。全編に漂う奇妙な緊張感もさることながら、エンディングをめぐる真相の行方が大きな議論を呼んだ。不思議なのどかさをたたえたアレクサンドル・デスプラの音楽も秀逸。

 コメディー系では、シビル・シェパード、ロバート・ダウニー・Jr共演の『ワン・モア・タイム』(1989)や『僕のワンダフル・ライフ』(2017)が楽しいかも。前者は『記憶の棘』同様、未亡人の前に夫の生まれ変わりだと名乗る青年と出会うことから起きる騒動を描いたもの。後者は5回も生まれ変わった犬の物語。続編『僕のワンダフル・ジャーニー』(2019)とセットで見ると、より楽しい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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