特集・コラム

映画のとびら

2022年12月8日

ラーゲリより愛を込めて|映画のとびら #222

#222
ラーゲリより愛を込めて
2022年12月9日公開


ⓒ2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ⓒ1989 清水香子
『ラーゲリより愛を込めて』レビュー
温もりと哀しみがにじむ笑顔

 作家・辺見じゅんが1989年に著したノンフィクション『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文藝春秋刊)を映画化。第二次世界大戦後、シベリアの奥地で抑留されることになった日本兵たち。日本への帰国を夢見ながら、10年にもわたって命と友情をつないでいった彼らの姿を感動的に描いていく。監督は『64-ロクヨンー』(2016)、『糸』(2020)、『護られなかった者たち』(2021)の瀬々敬久。

 ハルビン特務機関に配属された際、ソビエト連邦関連の書物や新聞を翻訳していた経歴によって、山本幡男一等兵(二宮和也)はシベリアへ連行された。そこは身も心も凍る極寒の地。ろくに食料も与えられない中、過酷な労働に就かされた日本兵たちはどんどん命を落としていった。そんな中、山本は松田研三(松坂桃李)、新谷健雄(中島健人)、相沢光男(桐谷健太)、原幸彦(安田顕)といった仲間たちと友情を深め、いつかかなうであろうダモイ(帰国)の日を待ちわびる。だが、そんな山本にも病魔の影が徐々に忍び寄っていく。ついに病の床に伏した彼のために、松田らは思いもよらぬ行動に出るのだった。

 辺見じゅんによるノンフィクション原作は1993年に出目昌伸監督、寺尾聰主演でテレビドラマ化されており、映画化は今回が初。それぞれ映像用の翻案を行っており、今回の映画化でも実在した多くの抑留者を登場人物数人に集約し、展開をわかりやすくするために劇的な場面を追加するなど、改変、創作の手が加わっている。ただ、いずれも山本幡男という島根県出身の人物をドラマの中心に据える点においては変わりなく、それほど彼をめぐる逸話がいかに特殊で、かつ、普遍的なものを備えていたのか、である。

 日本国内で行われたロケ撮影は、シベリアをイコールで結ぶことができる描写ではない。恐らく、より容赦のない自然がそこにはあるだろうし、収容所生活にしても腐臭同然の惨憺(さんたん)たる有様だったろう。年齢が高い観客ほど「甘さ」を感じるかもしれないが、一方で若い目線を意識した現代的な表現ともこれを解釈できる。戦争の記憶が薄れつつある現在、この映画の客層は明らかに若い世代。彼らにとってはこの映画が見せる描写こそ理解しやすい当時の「再現」であり、「温度感」であると推察する。大切なのは、抑留という史実があったこと。ソ連による抑留者の総数は57万5千人を数え、内5万8千人もの人が命を失ったといわれている。この映画はそのごく一部を描いたに過ぎないが、終戦後にそういう苦難の日々を送り、闘い抜いた日本人がいたことを忘れてはならない。戦争という行為が彼らのような悲劇を生んだことをあらためて知っておかなければならない。その意志において、この映画はどこまでもまぶしい。

 若者にとって太平洋戦争は時代劇並みに遠い過去。当時の様子を見るのもつらい地獄絵図にしても意味がない。その意味では、二宮和也という主演俳優は最高の伝道者であった。39歳という実年齢は役の年齢と合っているばかりでなく、人間的な「重み」が釣り合っている。彼を通して描写される悲劇は、恐らく女性観客にも理解が難しくない。相応の実感がある、というべきだろうか。クリント・イーストウッドとの『硫黄島からの手紙』(2006)を引き合いに出すまでもなく、二宮和也は庶民兵が本当によく似合う。

 二宮を囲む共演陣はクライマックスで観客の涙を絞りきる好演を見せる。彼らの顔や背中に抑留者の記憶は確かに宿っていた。俳優以外では、収容所で日本人抑留者に飼われていたという犬のエピソードも見逃せない。その名も「クロ」が見せる行動はあまりのことに映画のための創作に映るが、辺見じゅんの原作にあるとおり、実は事実。まさに、小説よりも奇なり、の感動がそこにある。

 この映画は二宮和也の笑顔でゴールを迎える。笑顔こそ、反戦を訴える最大にして最良の表意思表示かもしれない。そんなことも思わせるほど、二宮の表情には温もりと哀しみが優しくにじんだのだった。

 12月9日(金)全国東宝系にてロードショー
原題:ラーゲリより愛を込めて / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:134分 / 配給:東宝 / 監督:瀬々敬久 / 出演:二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、寺尾聰、桐谷健太、安田顕 ほか
公式サイトはこちら
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山本幡男という男

 二宮和也演じる山本幡男は1908年、島根県隠岐郡西ノ島に生まれた。隠岐の島といえば、かつては流刑地として有名だった場所で、後醍醐天皇も流されている。その結果、後醍醐天皇を支える高貴な人々が寺子屋を開いたため、以来、高学歴者を次々と輩出する土地となった。山本はロシア語に堪能なばかりか、詩歌や文学にも詳しく、収容所では仲間と勉強会を開いたり、文芸誌発行に手を貸したりしたという。まさに教養の人であり、それゆえに過酷な収容所でも理性を保っていられたのかもしれない。

 ロシア語は旧制東京外語学校(現在の東京外語大学)で学んだとのこと。1933年に妻と結婚し、4人の子どもをもうけた。満州に渡ったのは1936年。南満州鉄道の満鉄調査部に入社して、1944年に招集され、二等兵として入営。1945年にハルビン特務機関に配属されている。

 ソ連による抑留後はスヴェルドロフスク、ハヴァロフスクの各収容所を転々とし、やがてソ連の国内法により戦犯として重労働25年の刑を言い渡された。1953年、病で入院を余儀なくされている。

 仲間思いの人物だっただけに、彼を慕う抑留者も多かった。それが結果として、映画のクライマックスを担う「友情の尽くし」へとつながっていく。この逸話をまとめた辺見じゅんの原作『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』は第21回大宅壮一ノンフィクション賞、第11回講談社ノンフィクション賞を受賞。広く一般に山本幡男の存在を伝えることになり、多くの読者の感動を集めたのである。

 なお、シベリアの自然を見るには黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』(1975)が、抑留者の記録を詳しく知るには東京・新宿の「平和記念展示資料館」が最適だ。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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