特集・コラム

映画のとびら

2023年1月26日

レジェンド&バタフライ|映画のとびら #230

#230
レジェンド&バタフライ
2023年1月27日公開


©2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
『レジェンド&バタフライ』レビュー
ずっとそばにいてほしい

 東映創立70周年を記念し、20億円もの製作費を投入した時代劇大作。織田信長に木村拓哉、その妻・濃姫に綾瀬はるかを配し、戦国時代きってのカリスマ武将の知られざる情熱を描いていく。監督に『るろうに剣心』シリーズ(2012-2021)の大沢啓史、脚本に『ALWAYS』(2005-2011)シリーズ、『コンフィデンスマンJP』(2019-2021)シリーズの古沢良太。木村、綾瀬はそれぞれテレビドラマ『織田信長 天下を取ったバカ』(1998)、映画『戦国自衛隊1549』(2005)で同役を演じており、これが信長、濃姫を演じる2度目の機会である。

 1549年春、周囲から「尾張のうつけ者」とののしられていた16歳の織田信長(木村拓哉)は、隣国・美濃(岐阜県南部)の斎藤道三(北大路欣也)の娘・濃姫(綾瀬はるか)をめとることになった。道三から密命を受けていた濃姫は信長への敵愾心(てきがいしん)を解くことなく、そんな濃姫に信長も距離を取り、夫婦の名からは縁遠い数年間が過ぎる。だが、やがて道三が息子・義龍に殺され、信長が今川義元を破って天下に名をはせていくとともに、夫婦の関係も徐々に変わっていくのだった。

 濃姫とは「美濃の姫」の略称であり、本名は「帰蝶」だといわれる。すなわち、題名の「伝説と蝶」とは、「信長と濃姫」を指す。端(はな)から夫婦の物語であることを掲げた作品であり、スペクタクルな王道の戦国合戦絵巻かと思えばさにあらず、その実体はラブストーリーなのであった。

 物語は「ボーイ・ミーツ・ガール」の図からスタート。おのずと、濃姫の存在感が強く打ち出される。濃姫を通して信長が掘り下げられているといってもいい。

 濃姫については今日まで史料がほとんど発見されておらず、出生から死に至るまでハッキリしていない。結果、創作の自由が生まれるわけだが、同時にそれは作り手、演じ手の力量が問われる機会でもあった。それをこれほどの大作の枠の中で試そうという知勇(あるいは蛮勇)を見る面白さ、それがまず際立つ。

 濃姫が道三の密命を帯びていたことはよく語られているが、この映画ではそれ以上に知略の人であり、もっといえば軍師的な存在感を示す。大河ドラマ『麒麟がくる』(2020-2021)の濃姫(川口春奈)に近いが、ここでは信長に対して戦いの心構えまでも説いた。そして、それが信長との距離を縮める結果ともなる。糟糠(そうこう)の妻にして、公私におけるパートナーであった、という解釈だろう。

 一方の信長は、濃姫から戦術のアイデアをもらっている描写も含め、時にふがいない存在に映る。暴れん坊であっても、利発な英雄ではない。無様ですらある。つまり、ここで描かれたのは、信長の弱さ。悩める信長の姿がある。それも「妻に支えられた武将」を描く手段ゆえ、といえなくもない。

 もちろん、信長がかかわる数々の合戦も描かれる。だが、年代こそ画面上で示されても、その詳細はほぼ描かれない。斬り合いが目覚ましいのは、せいぜい比叡山の焼き討ち、本能寺の変くらい。ほかは、戦の前後が描かれるのみ。信長史を事前に予習しておけば、より楽しめること請け合いだが、裏返せば、それほど歴史に造詣が深くなくとも、情感のドラマとして十分、楽しめる作品ともいえる。夫婦の内面を見つめる視点を必要以上にブレさせたくないという製作陣の気概もそこに透けて見えなくない。

 新味といえば、信長と濃姫はお忍びで市中へデートに出かけたりもする。古沢良太らしい軽快で現代的な発想といってよく、ほかの信長映画ではなかなか見られない描写だろう。それまで仏頂面同然の難しい顔ばかりをしていた夫婦がふいに相好(そうごう)を崩すシーンなど、気恥ずかしいほどに初々しい。

 歴史ファンにとっての新味を挙げるなら、明智光秀(宮沢氷魚)の描き方に注目していい。多くの伝によれば、光秀は比叡山焼き討ちをはじめとする信長の「魔王」ぶりに恐怖を覚え、本能寺での謀反(むほん)に走るわけだが、ここでは正反対ともいうべき解釈がなされている。徳川家康(斎藤工)の饗応を任された光秀が信長の怒りを買う定番の描写にも意外な信長の一面が付け加えられた。ラブストーリーの周辺にまかれた細かい「仕掛け」をどれだけ拾うことができるか。それもこの映画の醍醐味である。

 クライマックスはもちろん、本能寺の変。信長最大の危機を描くとともに、この映画はラブストーリーとしてのピークもここに持ってきた。まさに、映画史上最もロマンティックな本能寺の変といっていい。

 濃姫には願いがあった。それを信長はなんとかかなえたかった。両者のはかない思いを、この映画は炎に揺れる本能寺の中、中国の思想家・荘子による説話よろしく、「胡蝶の夢」の手法をもって描こうとする。思えば、濃姫には帰蝶だけでなく、「胡蝶」という別名もあった。その伝承を踏まえたダブルミーニングでこの山場を創造したとするなら、まこと、大胆にして気のきいたアイデアだといわざるを得ない。そこには、りりしく、いじらしいほどの戦国武将とその妻の「笑顔」があった。

 信長を愛妻家として描いている点では、木村拓哉の場合、『武士の一分』(2006)を比較対象に出す方がわかりやすい。同時に、そこには木村自身に通じる「男の美学」も映え、人間味をたたえたダンディズムが立ち上ることになった。単なる気性の荒い信長はここにはいない。型どおりの戦国武将の姿はなかった。時代劇にかける木村の意気込み、思いのほどという点では、同じ東映京都撮影所を製作拠点にしたテレビドラマ『宮本武蔵』(2014)や映画『無限の住人』(2017)などが参考になるだろう。

 綾瀬はるかは、その凜とした雰囲気に『ICHI』(2008)における盲目の剣の達人を連想させる。美しくも切ない濃姫の一生は、綾瀬の持ち味によって、信長同様、これまた「伝説」となった。

 1月27日(金)全国公開
原題:レジェンド&バタフライ / 製作年:2023年 / 製作国:日本 / 上映時間:169分 / 配給:東映 / 監督:大友啓史 / 出演:木村拓哉、綾瀬はるか、宮沢氷魚、市川染五郎、音尾琢真、斎藤 工、北大路欣也、伊藤英明、中谷美紀
公式サイトはこちら
OPカードで『レジェンド&バタフライ』をおトクに鑑賞できます

「TOHOシネマズ海老名」で映画を鑑賞すると小田急ポイントが5ポイントたまります。ルールはたったの3つ!

「イオンシネマ」OPカードのチケットご優待サービスで共通映画鑑賞券をおトクにご購入いただけます。

 

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


OPカードがあれば最新映画や単館系話題作がおトクに楽しめます

TOHOシネマズ海老名

映画を鑑賞すると小田急ポイントが5ポイントたまります。ルールはたったの3つ!

イオンシネマ

OPカードのチケットご優待サービスで共通映画鑑賞券をおトクにご購入いただけます。

新宿シネマカリテ

当日券窓口で小田急ポイントアプリのクーポンをご利用いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。

新宿武蔵野館

当日券窓口で小田急ポイントアプリのクーポンをご利用いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。