特集・コラム

映画のとびら

2023年2月2日

エゴイスト|映画のとびら #232

#232
エゴイスト
2023年2月10日公開


© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会
『エゴイスト』レビュー
エゴイストとは誰か

 2020年に世を去ったエッセイストの高山真が2010年に浅田マコト名義で発表した自伝的小説を映画化。若いパーソナルトレーナーと恋に落ちたファッション雑誌編集者の心の機微をみずみずしく描く。監督は、トランスジェンダーの友人を追いかけたドキュメンタリー『ピュ~ぴる』(2011)で監督デビューし、その後『トイレのピエタ』(2015)、『ハナレイ・ベイ』(2018)、『Pure Japanese』(2021)などの劇映画作品も精力的に発表している松永大司。

 ファッション雑誌の編集者として忙しい日々を過ごしていた浩輔(鈴木亮平)が、友人の紹介でパーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)と初めて会ったのは雨の日だった。ひとしきり心地よいトレーニングを終えると、喫茶店で始まったのは食生活のアドバイスである。その中で、龍太から自分には病に苦しんでいるシングルマザー(阿川佐和子)がいること、そのために高校を中退して働いてきたこと、ゆくゆくはパーソナルトレーナー業だけで生計を立てたいなどの話も聞いた浩輔は、苦労人ながら純粋でさわやかさな彼の態度と性格にいよいよ好感を抱くのだった。別のトレーニングの日、「お母さんに」と高級寿司の折詰を差し出すと、帰り道の歩道橋で浩輔は龍太からふいにキスをされる。寿司の礼ではない、と龍太は言った。気持ちを確認した浩輔は龍太を自宅に誘い、徐々に深い関係を築いていく。しかし、すべてが順調に見えたある日、龍太は「もう終わりにしたい」と、浩輔に突然、別れを告げるのであった。

 一見、ゲイ・カップルのラブストーリーに映るだろう。実際、そのとおりなのだが、そればかりではない。ラブストーリーに終わらないからこそ、魅力をたたえた作品というべきか。恋愛ドラマをきちんと踏まえつつ、「その先の物語」をも見つめたユニークなる人間ドラマ。ファッション雑誌の編集者はパーソナルトレーナーとの関係の先に何を見たのか。それがどんな変化をドラマの構造にもたらしたのか。

 「喪失とそれから」という言い方もできる。「喪失と喪失の狭間で」という表現も可能かもしれない。もしゲイ・カップルの顚末に終始していたら、この作品は通り一遍のラブロマンスに終わっていたのではないか。なんとも筆舌に尽くしがたい感動が待っているのは、紛れもなく「それから」、もしくは「狭間」の部分である。映画を見終えたとき「なぜ主人公はそういう行動を取ったのか」という以上に「なぜこういうドラマがつむがれたのか」ということに、恐らく観客は心地よく動揺しているはずなのだ。

 14歳で母親を失っているという主人公の人物設定も見渡して「贖罪と献身の物語」と説く者もいるだろう。主人公の精神的損害をめぐる「適応機制の寓話」と解釈する向きもあるかもしれない。いずれにせよ、詳細は書けない。断言もできない。ひとつ間違えると、この映画の繊細なる美しさと優しさをすべて崩してしまうかもしれないという恐れがあるからだ。ここで書くことができるのは、物語の流れに身を任せて、そこで起きていく事柄をただ目撃し、感じていただきたい、ということだけである。

 美しさに関して記すなら、鈴木亮平の演技=ゲイとしての振る舞いについてはいくら言及しても差し支えないだろう。顔つき、仕草、姿勢、言葉づかい、雰囲気、いずれも見事である。絶品といってもいい。宮沢氷魚も素晴らしく、両者のラブシーンは実に堂々たるもの。生々しさもあるが、それ以上に清潔感が勝っていて、キワモノの臭みを感じさせない。そもそも「行為」よりも幕間の「余韻」が重視されている節があり、それが情感の普遍性を高め、ひと回り大きい心のドラマへと作品を昇華させた。人気俳優の性交芝居のみに目をくれている場合ではない。性描写はこの映画で重要だが、真価はそこではない。

 映画の後半、主人公は恋愛を越えてなお「わが意志」を貫こうとする。それをそのまま題名につなげても間違いではない。しかし、彼の行動を否定できる者など恐らく皆無。この場合のエゴイストとは必ずしも悪行を示す言葉ではない。では、どういう意味を持つのか。エゴイストとは何か。誰がエゴイストなのか。

 劇中の冒頭とラストの2度、映画は示唆的に「エゴイスト」という文字を画面に刻む。そして、その意味をさまざまに考えさせながら、現実の光の中へとただ静かに観客を送り返していくのである。恐らく大方の予想を覆す展開と描写、その果ての心にしみるエンディング。動揺したまま終わる者がいるかもしれない。物語の未消化を訴える向きもあるかもしれない。一方で、ここには確かな人の温もりがある。温もりを感じさせる豊かな演出と演技がある。一個のエゴイストとして、その醍醐味は強く推しておきたい。

 2月10日(金)全国公開
原題:エゴイスト / 製作年:2023年 / 製作国:日本 / 上映時間:120分 / 配給:東京テアトル / 監督:松永大司 / 出演:鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明、阿川佐和子
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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