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映画のとびら

2023年2月10日

ベネデッタ|映画のとびら #234

#234
ベネデッタ
2023年2月17日公開


(c) 2020 SBS PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – FRANCE 3 CINÉMA
『ベネデッタ』レビュー
生き抜こうとするオンナたち

 第74回カンヌ映画祭「コンペティション」部門の一本として選出された人間ドラマ。作家J.C.ブラウンが1988年に著した『ルネサンス修道⼥物語 ― 聖と性のミクロストリア』(ミネルヴァ出版刊)をもとに、同性愛主義で告発された17世紀の修道女ベネデッタ・カルリーニの波乱の実話を描く。監督は『ロボコップ』(1987)、『トータル・リコール』(1990)のポール・ヴァーホーヴェン。主演は、ヴァーホーヴェンと『エル ELLE』(2016)でも組んだヴィルジニー・エフィラ。

 17 世紀、イタリア・ペシアの町(現在のトスカーナ地⽅)に、幼い少女が両親に連れられてやってきた。6歳になる彼女、ベネデッタは、聖母マリアと対話できる子といわれ、テアティノ修道院に入ることになったのだった。18年後、成長したベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)は、ある日、夢の中でイエス・キリストと対話をし、花嫁に迎えられたと告白する。ベネデッタに精神的な異常を感じた修道院長のシスター・フェリシア(シャーロット・ランプリング)は若い修道女のバルトロメア(ダフネ・パタキア)にベネデッタの身の回りの世話を任せることにしたが、ベネデッタによって暴力的な家族から逃れることができた過去を持つバルトロメアはベネデッタに尊敬以上の感情を持っていたのだった。

 修道院という「閉じられた社会」での性的スキャンダル、及び、神との通話をめぐる疑惑を追った聖的スキャンダルの物語である。神の「お告げ」をめぐって大衆の関心を集めたということでは15世紀のカトリック教徒にしてフランス女性軍人のジャンヌ・ダルクのことが誰の脳裏にもかすめるわけだが、ジャンヌ・ダルクがたどったような糾弾が17世紀のイタリアの修道院でも起きていたという事実がまず面白い。ただ、当然、前者の性的スキャンダルがあったればこそのこの現代での映画化であり、感傷的な殉死ドラマになぞに終わっていないあたりがこの作品のミソ。疫病のペストが蔓延する中、許されざる関係が白日のもとにさらされたとき、どのような裁判が行われようとしたのかがスリリングに描かれていく。

 女性同士の性愛描写にも遠慮がない。ロマンティックというよりどこか即物的、動物的な同性愛映像の数々は、まさにポール・ヴァーホーヴェンという監督ならではの味わいで、なんらかの性的興奮を求めて接しても何も得るものがないだろう。女性の裸体についても性的対象として眺めているというより、一個の人間としてぶっきらぼうなまでに扱っている節があり、その意味では男性を見つめる目線と変わらない。平たくいえば、すべての登場人物を平等に扱っている。平等ゆえに、神のお告げに関しても人間の私利私欲から生まれたウソっぱちではないかという確かな疑惑の論点も加えていく。果たして、ベネデッタは「本物」なのか、それとも単なる狂言師なのか。どちらへ転んでもおかしくない真偽のタイトロープ状態が続く中、ハラハラドキドキの時間がバランスよく続くあたりがこの作品最大の見どころといっていい。その果てに、人間というものはどうしようもない、という諦念にも似た冷めた視点までにじんでくる。

 ヴァーホーヴェンらしさということでは、ふてぶてしいほどに強い意志を持った女性が主要な役を得ている点も見逃せない。彼自身、ベネデッタという登場人物について「『氷の微笑』『ショーガール』『ブラックブック』『エル ELLE』のヒロインたちの親戚」と語っており、実際、近世ヨーロッパの男性社会の中でたくましく抵抗した戦士のように描いている。それもフェミニズムとはちょっと異なる感触にある表現で、少なくともこの映画においてはやや英雄色も帯びていようか。そこから生まれる娯楽色も確かにあり、堅苦しい宗教戦争劇などにもやはり落ち着かせない。この演出家が興味を持つのは人間のみ。人間の心と体をむき出しにさせて、ここでもその本質を世に問うた。ラスト、それぞれの主義主張のもと、それこそ裸一貫で前へ進もうとする女性たちの姿に、あっけにとられるほどの感動もにじんだりするのである。

 イタリアが舞台なのにフランス語が飛び交うのはフランスを拠点に作られた作品だから。同じくフランス製作の『エル ELLE』に続く製作体制だろう。もっとも、個人的な後味としては『エル ELLE』というより『ショーガール』の方が近い。自由意志にあふれるヴァーホーヴェン・ガールズは、いつどんなときも痛快。品はないけど元気はある、ショゲないよと。そう、オンナたちは常に生き抜こうとするのである。

 ヴァーホーヴェンも今年で85歳。エネルギッシュな女性を描く意志に、まだ衰えはない。

 2月17日(金)より全国公開
原題:Benedetta / 製作年:2021年 / 製作国:フランス / 上映時間:131分 / 配給:クロックワークス / 監督:ポール・ヴァーホーベン / 出演:ヴィルジニー・エフィラ、シャーロット・ランプリング、ダフネ・パタキア、ランベール・ウィルソン、オリヴィエ・ラブルダン、ルイーズ・シュヴィヨット
公式サイトはこちら
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『氷の微笑』が「4Kレストア版」でよみがえる

 1992年の全米初公開から30年あまり。ポール・ヴァーホーヴェンによるエロティック・スリラー『氷の微笑』が4Kレストア版として今年6月16日、日本のスクリーンに帰ってくる。

 連続殺人の容疑者である女性作家と彼女を追うベテラン刑事。その駆け引きと愛欲の関係図をノワール・タッチで描いた大ヒット作。ヒロインを演じたシャロン・ストーンのファム・ファタール(運命の女)的悪女ぶりが評判となり、当時無名俳優だった彼女がスター街道を歩むきっかけとなった。

 ヴァーホーヴェンは『4番目の男』(1979)の昔から『ロボコップ』(1987)、『トータル・リコール』(1990)、『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)に至るまで、たとえ主人公が男であっても強い女の姿を脇に必ず刻んできた。マイケル・ダグラスの刑事を翻弄するシャロン・ストーンは、そういった「準備段階」を経て生まれ、花開いた最初のヴァーホーヴェン・ミューズといってもいい。スクリーンを通して、その魅力にあらためてふれるのも一興ではないだろうか。

 第65回アカデミー賞では、作曲賞(ジェリー・ゴールドスミス)と編集賞(フランク・J・ユリオステ)の2部門で候補となっている。

 個人的には、映画のサウンドトラック盤のライナーノートを執筆するために、当時まだ東京・新橋にあった日本ヘラルドの試写室でいち早く作品を鑑賞した際の記憶がまだ鮮やかだ。ひとりだけで上映を待っていると、そこに現れたのはパリ人肉事件の佐川一政であった。彼もまたなんらかの事情で早めの業務試写に招かれたのだろう。なぜか両脇に背の高い白人女性ふたりを抱え、筆者の前列にそろって座った彼の存在感、そこから漂う得も言われぬ空気がサスペンス仕立ての物語を一層スリリングにしたのは言うまでもない。その佐川氏も2022年に他界。同じく映画の公開30年の節目の出来事であった。

 ヴァーホーヴェンとはこれまでに取材で都合4度、面会している。とにかくウソがなく、なんでもかんでも包み隠さず語る人だった。そんなオープンな心意気が『ベネデッタ』にも確かに刻まれている。

© 1992 STUDIOCANAL(配給:ファインフィルムズ)
文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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