特集・コラム

映画のとびら

2023年2月16日

別れる決心|映画のとびら #235

#235
別れる決心
2023年2月17日公開


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『別れる決心』レビュー
別れられぬ男と女

 第75回カンヌ映画祭「コンペティション」部門で監督賞(パク・チャヌク)を受賞したラブサスペンス。不審死事件を追及する刑事とその容疑者となった女性の許されぬ心の葛藤を描いていく。刑事役に『殺人の追憶』(2003)、『グエムル 漢江の怪物』(2006)、『慶州 ヒョンとユニ』(2014)のパク・ヘイル。容疑者となる女性に『ラスト、コーション』(2007)、『ブラックハット』(2015)のタン・ウェイ。監督は『オールド・ボーイ』(2003)、『お嬢さん』(2016)のパク・チャヌク。

 岩山からひとりの男が転落死した。敏腕刑事のチャン・ヘジュン(パク・ヘイル)は死んだ男の妻ソン・ソレ(タン・ウェイ)を疑うが、彼女の監視や取り調べを続けるうちに、ほのかな感情を心に持ち始め、ソレもまたヘジュンの生真面目な勤務ぶりに惹かれ始める。やがて、ソレには動かぬアリバイがあり、遺書も発見されたことから転落死は自殺と断定。さらにソレと距離を縮めるヘジュンだったが、ある日、ソレが介護を担当している老女の家で思わぬ事実を発見するのだった。

 妖しい容疑者に翻弄される敏腕刑事という枠組みでいけば、ポール・ヴァーホーヴェン監督による大ヒット・サスペンス『氷の微笑』(1992)を彷彿とさせる。同様の設定のハリウッド映画を韓国の異能の人が再構築してみせた、という解釈で見るのも面白いだろう。ただし、ここではパク・チャヌクという名前から連想されそうな激しい暴力描写、性愛描写は皆無といってよく、その意味では『氷の微笑』の方がまだ過激である。では、異能の才人が異能を捨てて穏やかに変貌したというのか。無論、答えは「NO」である。別のベクトル、表現で、またも観客の心をかきむしるパク・チャヌク作品だといっていい。

 その方法のひとつに数えられるのが、映像の強さだ。意匠を凝らしたショットがいちいち満載で、見る者を釘付けにしたかと思えば、混乱させ、振り回しもする。現在と過去、主観と客観、現実と空想が絶妙に交錯し、片時も目が離せない。事件の真相をめぐる解説映像が続いたかと思えば、実は主人公の心理のひだを模したトリック映像だったという仕掛けも少なくなく、恐らく一度見ただけではそれぞれの映像が果たしている役割を理解することは難しいだろう。

 事件の行方を追う体で進むミステリーであることに違いはないが、その真相自体がやがてどうでもよくなる物語、と評すると暴論だろうか。刑事ドラマの導入を持ちながら、観客が気づかぬうちに愛の葛藤の物語になだれ込んでおり、ついには否定できなくなった恋心にどう落とし前をつけるかという激情のロマンスに転じていくスリル。それが刑事の側からだけでなく、容疑者側からも同様の熱量をもってうねっていく大胆かつ自由な構造。奇才の演出のなんと強引で豪腕なことか。そのエネルギッシュにしてユニークな語り口に見る者はただ圧倒され、最終的には「道行き」的なドラマへの昇華、避けようのない悲劇を嗅ぎ取っていくのではないか。刑事と容疑者、男と女、それぞれの葛藤の結末は頭がクラクラするほど胸が痛い。

 刑事の主人公から映る容疑者の人妻はまさにファム・ファタール(運命の女)としてよく、その点でタン・ウェイのキャスティングは的確という以上に鮮やか。『ラスト、コーション』以来の魔性的な色香は微塵も薄らいでいないが、それ以上に今回は意志の強い目のありようが印象深く、パク・ヘイル演じる刑事の恋慕と混乱もこれでは致し方がないところ。そのパク・ヘイルも、妻を持ちながらあらがえぬ恋心に動揺する刑事を好演。パク・チャヌク演出の格好の担い手となった。

 運命の女の影を追う男の妄動劇という点で、アルフレッド・ヒッチコックの『めまい』(1958)を引き合いに出す評者が多数出ている。それは妥当な解釈だが、パク・チャヌクによるこの物語はもっと原始的な衝動を描く精神サスペンスと断じてもいい。すなわち、別れようがなかった男と女の物語なのである。

 2月17日(金)より全国ロードショー
原題:Decision to Leave / 製作年:2022年 / 製作国:韓国 / 上映時間:138分 / 配給:ハピネットファントム・スタジオ / 監督:パク・チャヌク / 出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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