特集・コラム

映画のとびら

2023年2月22日

オットーという男|映画のとびら #238

#238
オットーという男
2023年3月10日公開


『オットーという男』レビュー
優しい「気むずかし屋」物語

 スウェーデンの作家フレドリック・バックマンが2012年に著した小説『幸せなひとりぼっち』を、トム・ハンクス主演で映画化した喜劇タッチの感動作。ハンクス演じるひとり暮らしの偏屈老人が、町内の隣人たちと衝突を繰り返しながら徐々に心の溝を埋めていく。主人公の若き日を演じているのはハンクスの実子トルーマン・ハンクス。妻のリタ・ウィルソンが夫とともにプロデュースを共同で行い、主題歌の制作・ヴォーカルも担っている。監督を委ねられたのは『ネバーランド』(2004)、『007/慰めの報酬』(2008)、『ワールド・ウォーZ』(2013)などの話題作で知られるマーク・フォースター。

 妻に先立たれ、仕事を失ったオットー・アンダーソン(トム・ハンクス)は人生に絶望しきっていた。ある日、自宅の電気、ガス、水道をすべてストップさせると、天上から吊したロープにその首をくくりつけようとするが、突然、それを邪魔する者たちが現れる。向かいの家に引っ越してきた、ITコンサルタント業を営むメキシコ人一家だった。トミー(マヌエル・ガルシア・ルルフォ)とマリソル(マリアナ・トレビーニョ)の夫婦は、それ以後、何かにつけてオットーを訪ねては、オットーに自死の機会を与えない。そのうちに面倒くさいSNSリポーターまでも現れ、イライラの続出に憤懣(ふんまん)やる方ないオットーだったが、交流を重ねるうちに彼の心は徐々に変化していくのだった。

 フレドリック・バックマンの原作は題名そのままに2015年に母国スウェーデンで映画化されており、今回はそのリメイクということにもなる。「気むずかし屋の改心」という題材自体はありふれたものだが、だからこそ国を変えての翻案も難しくない。トム・ハンクスというアメリカのみならず現代を代表するベテランが演じることで幅広い観客を得ることが可能となり、いよいよ大衆化したといっていい。

 トム・ハンクスのご近所トラブル喜劇という側面でいくなら、ジョー・ダンテ監督による『メイフィールドの怪人たち』(1989)が思い出されるだろう。休暇で時間を持てあます郊外の会社員が、家からなかなか姿を見せない隣人を怪しみ、騒動を引き起こすという作品だが、『オットーという男』ではハンクスが「怪しい隣人」側に立場を替えた格好といえる。もっとも、ドタバタ喜劇に向かうことなく、どちらかといえばユーモラスな人間ドラマに昇華しているあたり、63歳という主人公の設定年齢もさることながら、ハンクスの現在の地位も反映されているのだろう。

 振り返れば、1980年代から90年代初頭あたりのトム・ハンクスはドタバタ喜劇の若きオーソリティーであった。『マネー・ピット』(1986)、『恋のじゃま者』(1986)、『ドラグネット 正義一直線』(1987)、『ターナー&フーチ すてきな相棒』(1988)、『虚栄のかがり火』(1990)などはその当該作品群で、現在のようなジェームズ・ステュアート的「アメリカの良心」のような扱われ方は『フォレスト・ガンプ 一期一会』(1994)以降のこと。オットーは偏屈オヤジというべき存在だが、どうクダを巻いても嫌みに映らないのは、ハンクスの90年代半ば以降のキャラクターがものをいっている。同時に、そこには年相応の笑いをという意志も感じられ、結果、観客は安心して「絶望オヤジ」の顚末も楽しめる次第。

 ハンクスが選んだ演出家の志向も当然、大きい。マーク・フォースターという監督は、面と向かって話せば明らかだが、なんとも穏やかな紳士。かつてウィル・フェレルという喜劇のモンスターと『主人公は僕だった』(2006)なる作品を作っているが、こちらも表現がささくれることは一切なかった。そんな資質をハンクスも買ったのだろう。独特の品性、繊細な視点で、オットーという主人公の「人生に絶望した理由」を優しくつまびらかにしている。ほどよい笑いの中に、若き日の主人公とその妻のなれそめを絡めつつ、しっとりと感動へ着地させる手際はまさにシルク・タッチ。見ていて、ふれていて、心地がいい。

 一方で、これはハンクスが老いを見つめた作品とも解釈できる。人生の終焉(しゅうえん)を見越す年齢に届いた今だからこそ、ほぼ同年代の、身の丈に合った役を選んだといってもいい。そんな味わいもここにはある。今年67歳。トム・ハンクスはまた新たなキャリアを刻む段階に入っているのかもしれない。

 3月10日(金)全国の映画館で公開
原題:A Man Called Otto / 製作年:2022年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:126分 / 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント / 監督:マーク・フォースター / 出演:トム・ハンクス、マリアナ・トレビーニョ、マヌエル・ガルシア=ルルフォ、レイチェル・ケラー
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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