特集・コラム

映画のとびら

2019年4月5日

バイス|新作映画情報「映画のとびら」#001

#001 バイス
2019年4月5日公開
© 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.
レビュー
副大統領の陰謀をブラックな笑いの中に描く異色ドラマ

「バイス(Vice)」とは、「副~」「代理~」などを示す接頭辞、あるいは「悪徳」を示す名詞。この映画においては、直接的には副大統領(Vice President)を指している。具体的には、ジョージ・W・ブッシュ政権下(2001-2009年)において暗躍した副大統領。その名もディック・チェイニーの知られざる素顔に迫った異色の人間ドラマである。

 物語は、1963年のワイオミング州から始まる。飲酒運転で警察に引っ張られるなど、若き日のチェイニー(クリスチャン・ベール)は自堕落な生活を送るダメ人間であった。牢屋に入ること2度。イェール大学も退学処分になるが、未来の妻リン(エイミー・アダムス)に発破をかけられ、ウィンスコンシン大学を経た1968年、連邦議会インターンシップ制度への参加を機に本格的に政界入り。以後、共和党の一員として首席補佐官、国防長官、副大統領などの要職を次々に歴任していく。やがて「一元的執政政府論」をもとに大統領権限を拡大し、法律をも書き換えていくチェイニーの目的、真実とは何だったのか。

 普段、なかなか関心が向かない副大統領という職務に、この作品がスポットを当てた理由はただひとつ。それは2003年3月20日、今やアメリカ史の汚点ともいわれているイラク侵攻勃発の影に、この副大統領の触手がひそかに伸びていたという「確信」がこの映画の製作者たちにあったためである。彼らはあえてチェイニー自身に取材を求めなかった。したがって、これは本人の理解を得た伝記などではなく、いわば評伝であり、あるいは風刺の効いた実録ドラマともいえる。紋切り型の政治回顧録でもなければ、単なる悪人糾弾の社会派劇でも恐妻家の物語でもない。その目線は概して皮肉混じりであり、特殊な告発映画と感じる向きもあれば、鋭いブラック・コメディーに映る観客もいるだろう。

 学業もスポーツも凡才。しかし、政治の世界では水を得た魚のように才気を輝かせた男は、愛国者とは到底思えないが、一方でこの男は本当に最高権力を欲していたのかどうか。大統領権限の拡大を試したかっただけではないのか。ある意味で「よくわからない」ところにまた独特の語り口と解釈の幅広さが輝き、やはりたまらなく魅力的だ。

 特殊メイクと増量でチェイニーになりきったクリスチャン・ベールは例によってさすがの熱演だが、スティーヴ・カレルのドナルド・ラムズフェルド、サム・ロックウェルのジョージ・W・ブッシュ、タイラー・ペリーのコリン・パウエルなどは「まんま」すぎて、もはや劇画的。画面に出てくるだけで爆笑である。前作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でも金融業界を笑い飛ばした監督アダム・マッケイならではの「毒気」だろう。

 2018年度のゴールデン・グローブ賞でクリスチャン・ベールが主演男優賞(コメディー/ミュージカル部門)を受賞。続くアカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞など、8部門の候補に上り、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得している。

原題:Vice / 製作年:2018年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:132分 / 配給:ロングライド / 監督・脚本・製作:アダム・マッケイ / 出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル、タイラー・ペリー / 公式サイトはこちら
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ほかにもこんな副大統領

 副大統領を主人公に扱った映画はなかなか見ないが、副大統領が重要な位置に立つ作品はたびたび作られてきている。ハリソン・フォードが軍人上がりの熱血大統領を演じた『エアフォース・ワン』(1997)では、『ガープの世界』(1982)、『危険な情事』(1987)の名優グレン・クローズが女性副大統領役。大統領の生死がわからず、しきりに戦闘指揮の権利を主張し、大統領の解任もほのめかす国防長官(ディーン・ストックウェル)や、テロリストのリーダー(ゲイリー・オールドマン)の無理難題にも毅然とした態度を崩すことなく、最後まで大統領第一のりりしい姿勢を貫く。主役に劣らぬ存在感が必要ということで、主演のフォードと監督のウォルフガング・ペーターゼンは、とあるパーティーに出席中のクローズを訪ね、頭を垂れて出演を懇願したとか。

 誠意のある副大統領といえば、ケヴィン・クラインが急死した大統領の影武者を演じた『デーヴ』(1993)も思い出される。ここでは『ガンジー』(1982)、『シンドラーのリスト』(1993)のベン・キングズレーが好演。国民思いの真摯な性格がキングズレー自身のたたずまいと相まって、ラストで大きな感動を呼ぶ。

 史実に基づいた副大統領の物語といえば、『スタンド・バイ・ミー』のロブ・ライナー監督作品『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(2016)もあった。ジョン・F・ケネディ暗殺後、大統領になったジョンソン副大統領(ウディ・ハレルソン)の苦悩と尽力を描いた伝記映画。ある意味、チェイニーの生き方とは正反対の描写があり、比べて見るのも面白いだろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。