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映画のとびら

2019年4月25日

リアム16歳、はじめての学校|新作映画情報「映画のとびら」#004

#004
リアム16歳、
はじめての学校
2019年4月27日公開
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レビュー
あらゆる映画ファンに登校してほしい「はじめての学校」

 これが長編第2作となるカナダ人監督カイル・ライドアウトによって放たれた学園喜劇は、切り口も語り口も風変わり。けれど、言葉に尽くせぬ親子の絆、思春期の美しさが随所に瑞々しく輝き、ユニークにして愛すべき小品に仕上がった。

 題名がそのまま物語の骨子になっている。シングルマザーの母(ジュディ・グリア)、祖母(マキシン・ミラー)と3人暮らしのリアム・ヒープ(ダニエル・ドエニー)は16歳になるまで自宅教育で育ってきた。高校生活にろくな思い出がない母クレアにとって、自ら息子に英才教育を施すことが最大の正義であり、リアムもまたそんな人生に疑問を持っていない。母と共にケンブリッジ大学への進学を目標にし、ホーキング博士の後を追う天文学者になることを夢見ていたのだ。ところが、高卒認定試験で母の母校を訪れたリアムは試験中に右足義足の美少女アナスタシア(シオバーン・ウィリアムズ)に一目惚れ。わざと試験に落第し、休学中の女子生徒マリア(エヴァ・デイ)のIDで限定入学することに成功する。一方、想定外の事態にクレアはヤキモキの日々を送ることになってしまう。

 カラフルに富んだ衣裳と美術に加え、カメラは人物を中心から外し、画面の端に据えるという突飛なフレーミング。リアムがアナスタシアに心を撃ち抜かれる場面では、超新星の爆発映像を挿入。時には解剖用の子豚が机の上から主人公に話しかけるという妄想表現も加わる。一歩間違えれば、単なる奇特描写の連続に終わるところを、妙な芸術性にとらわれることなく、コメディーとしての軽み、清潔感を逃さない。とりわけリアムの学園生活と心理描写にポップなセンスを貫く作品は、その点でまず目に楽しいとするべきか。

 人物造形がまた、いい。

 ある意味、集団生活と隔絶して生きてきたリアムは、手帳の「友だちリスト」に母と祖母、それに叔父のジョン(監督自身が好演)の3人しか記載していない。遊びといえば、家の壁に向かってボールを蹴ること。しかし、彼は孤独を嘆くこともなく、ついに始まった外界との接触にも臆さない。映画に広がる奇妙にして刺激的な情景は、そんな明朗なるリアムの内面世界そのものであり、彼が目撃する新たな世界の輝きである。

 一方、息子を溺愛してやまないクレアは見事に子離れできずにいる。大学にも一緒についていきたいと願うほどだが、息子を陰湿に囲い込んだりはしない。教育法がはっきりしているだけで、むしろ考え方は開放的。リアムにドラッグまで教えようとする。すべてに率直で、カラッと明るい。その潔い行動力がリアムという少年の「宇宙」を作り、守る。

 両者の衝突と混乱、そしてその果ての関係図は、リアムの恋物語の顛末と同様に、この作品で最も大衆的な共感を呼ぶ位置にある。親子関係の正解を叫ぶような教条的な臭みからも無縁。その爽やかな情感的土壌があってこその奇抜な映像のルックであった。ポップでキッチュな仕掛けであった。

 リアムを演じるカナダの新星ダニエル・ドエニーが醸し出す優しい空気感もさることながら、母親役のジュディ・グリアが最高にまぶしい。これまで専ら助演中心、知る人ぞ知る俳優だったが、その健康的にして経験豊かな存在感を前に、もはや素通りはかなわないだろう。ささやかな「月の人」は、最良の役を得ていよいよ「太陽」となった。

 たまに気の利いたことを言うリアムの黒人友人ウェズ(アレックス・バリマ)や、一貫して不思議少女であり続ける韓国系生徒オータム(アンドレア・バン)、クレアを絶叫させる酒癖を見せるオータムの母親マッケンジー(グレース・パーク)等々、脇を固める変人奇人群も絶妙。クレアに言い寄る校長先生(アンドリュー・マックニー)、何を考えているのかわからないリアムの祖母も、作品のとぼけた笑いに一役買っている。

 人によっては全く受け付けないタイプの作品であることも承知。時折、顔を出す明け透けなシモネタ表現に眉をひそめる向きもあるだろう。しかし、この個性豊かな佳作を無下に捨て置くわけにはいかない。たとえば普段、大量宣伝投下の大作、話題作を中心に映画の自宅教育を進めてしまっているような観客にとっては、別の扉を開けるに足る題材であり、それこそリアム同様、貴重な「はじめての学校」体験になるのではないだろうか。

 新宿シネマカリテ ほか全国順次公開
原題:Adventures in Public School / 製作年:2017年 / 製作国:カナダ / 上映時間:86分 / 配給:エスパース・サロウ / 監督:カイル・ライドアウト / 出演:ジュディ・グリア、ダニエル・ドエニー、シオバーン・ウィリアムズ、アンドリュー・マックニー / 公式サイトはこちら
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DRAMA伝記
タイトル エリン・ブロコビッチ
(原題:Erin Brockovich)
製作年 2000年
製作国 アメリカ
上映時間 131分
監督 スティーヴン・ソダーバーグ
出演 ジュリア・ロバーツ、アルバート・フィニー、アーロン・エッカート、マージ・ヘルゲンバーガー

シングルマザーがわが子に見せる特別な愛情

 先進的なシングルマザーといえば、すぐに浮かぶのは『ガープの世界』(1982)のジェニー・フィールズ(グレン・クローズ)だろう。ジョン・アーヴィングの傑作小説を映画化したこのジョージ・ロイ・ヒル作品では、まずジェニーがいかに息子ガープを妊娠するに至ったかを両親に説明するくだりが描かれるが、あまりの事実に母親は卒倒し、父親の怒りはとどまらない。夫はいらないが、息子は欲しかったとする彼女は、周囲から女性解放運動の旗手に祭り上げられながらも、息子を溺愛し、学校の授業選択にも女性との交際についてもいちいち意見を挟む。『リアム16歳、はじめての学校』のクレアは、さすがにそこまでの尖鋭ではないが、若くして子どもを授かり、夫とさっさと離別して子育てに熱中している背景に、どこかジェニーに似た気分が漂っていないだろうか。もっとも、ジェニーの方がはるかに人間としてドライにできているのだけれども。

 息子を「はじめての学校」に送り出す母親の不安と尽力を描いているという点では、ジュリア・ロバーツが見事な存在感を発揮した『ワンダー 君は太陽』(2017)も連想してもいい。こちらにシングルマザーは登場しないが、全てに前向きな親子の姿には感動が起こった。ジュリア・ロバーツには『エリン・ブロコビッチ』(2000)というシングルマザー映画の傑作もある。この社会悪に立ち向かう肝っ玉母さんぶりは一見に値する。

 シングルマザーと息子の難しい確執を見るなら、グザヴィエ・ドランの監督デビュー作『マイ・マザー』(2009)も、きっと興味をそそるはずだ。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


*『リアム16歳、はじめての学校』は、TOHOシネマズ海老名、イオンシネマ、ユナイテッド・シネマでの上映はございません。(2019年4月25日現在)