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映画のとびら

2019年5月17日

居眠り磐音|新作映画情報「映画のとびら」#008

#008
居眠り磐音
2019年5月17日公開


©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
レビュー
正統派時代劇に吹くさわやかな風

 時に明和、十代将軍・徳川家治の世。江戸は深川の長屋にひとりの若き浪人が暮らしていた。その男、坂崎磐音(松坂桃李)は、ウナギ割きの仕事で日々の暮らしをなんとか続ける貧乏人。見かねた大家の金兵衛(中村梅雀)が両替商・今津屋の用心棒に磐音を推すも、金兵衛の娘おこん(木村文乃)にとって磐音は包丁しか似合わない優男としか映らない。ところが、ある日、今津屋に押し入ったならず者を、磐音はたちまちねじ伏せてしまう。実は磐音、もとは九州・豊後関前藩の中老・坂崎正睦(石丸謙二郎)の長男であった。家老・宍戸文六(奥田瑛二)の奸計により、幼なじみの小林琴平(柄本佑)、河出慎之輔(杉野遥亮)らを失い、その負い目から許嫁の奈緒(芳根京子)も捨てて脱藩、江戸に流れてきたという次第。そんな磐音に、今度は今津屋を葬ろうとする両替商・阿波屋の主人・有楽斎(柄本明)の魔の手が伸びるのだった。

 佐伯泰英の同名ベストセラー小説を映画化した『居眠り磐音』は、時代劇の王道を行く快作である。そこには、心温まる長屋人情があり、かの時代の道徳観に基づく徳目があり、胸が締め付けられる友情と悲恋があり、そして勧善懲悪の激しい剣闘があった。そのいずれの要素もが痛快にして美しく、すがすがしい。映画『居眠り磐音』とは、すなわちホームドラマであり、青春映画であり、活劇であった。それらが渾然一体、絶妙の味わいの中に溶け合い、ひとつの情感の高まりが描かれていく。その堂々たる屹立が王道だった。

 近年、時代劇は「変化球」の直中にあった。アクションや喜劇味、風変わりな人物や逸話など、一部の要素を前面に押し出して観客の歓心を買おうとした。致し方がないことだろう。アメリカの西部劇と同様、かつて人気が高かったゆえに、どうしても古色蒼然とした印象を強く抱かせた。閉じた世界に映った。それらを振り払う新しい刺激、新たな現代的要素を持ち込まずして未来はなかったのである。

 本木克英という映画監督は、かつて大船と京都の撮影所を行き来する助監督であった。なかでも、京都で体験した時代劇の現場は、題材にしろ、作り手の姿勢にしろ、大きく心を動かすものだった。自身の演出時代劇のほとんどが「正統派だった」という彼もまた、実は「変化球」を投げて成功したひとりである。『超高速!参勤交代』(2014)、その続編『超高速!参勤交代リターンズ』(2016)などはその最たる例だろう。忸怩たる思いがどこかにあったのではないかとするのは邪推だろうか。しかし、少なくとも正統派時代劇の復権は本木にとって宿願であり、同ジャンルを知る映画人としての義務だったといえる。

 訪れた好機をこの職能高き演出家は逃さなかった。裏表の差の少ない俳優(松坂桃李)を主人公の純真に託し、才媛というべきふたりの女優(木村文乃、芳根京子)を磐音の陽と陰の象徴に据え、友情劇に演技派と新人(柄本佑、杉野遥亮)を招き、さらには敵役で芝居の権化(柄本明)を自由にさせた。あの行きすぎた悪役メイクのものすごさ。脇を固める佐々木蔵之介、陣内孝則、西村雅彦、中村梅雀らは本木作品ゆかりの顔ぶれであり、柄本親子は本木ファンであることを隠さない。もはや総力戦といっていい。

 時代劇を信じ、愛する映画人たちが世に問うた決心の作品は、しかし、なんの力みや構えも必要とすることなく楽しめるところが真骨頂だったりもする。平易な語り口を失うことなく、正統派を曇りなく貫き、謳い上げる。時代劇の香りはあっても、臭みなどない。映像も凝りすぎない。流行を気取る展開もない。健全にしてバランス感覚に長けた演出が素直に楽しい。素直にドキドキする。素直に泣ける。

 主人公・坂崎磐音は、決して強面の殺し屋などではない。過去への激情ゆえに無私無欲をおのれに課した誠意の人。そこに観客の同情と共感が生まれ、ついには活劇の醍醐味も満ちる。抑制をもって演じた松坂桃李、その磐音がまた絶妙に大人ではない。青雲の志を依然としてたなびかせている気分がある。役者自身の個性のたまものであろう。そこにいるだけでエンターテインメントになった。さわやかな風が吹いた。

 強いて難を唱えるなら、あまりに長大なる原作小説の、これがほんの端緒に過ぎない物語であることか。非業を背負った剣の達人がこの先どこへ向かうのか。その行方を知るのも、我々観客次第である。

原題:居眠り磐音 / 製作年:2019年 / 製作国:日本 / 上映時間:121分 / 配給:松竹 / 監督:本木克英 / 出演:松坂桃李、木村文乃、芳根京子、柄本佑、杉野遥亮、佐々木蔵之介、陣内孝則、谷原章介、中村梅雀、柄本明
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(C)KADOKAWA 1963
時代劇
タイトル 眠狂四郎 殺法帖
製作年 1963年
製作国 日本
上映時間 81分
監督 田中徳三
出演 市川雷蔵、中村玉緒、城健三朗

松坂桃李と市川雷蔵

 本木克英監督は、松坂桃李をして市川雷蔵になぞらえた。雷蔵になってほしいとまで漏らす。市川雷蔵とは、もちろん夭折した往年の大映スターのこと。端麗な容姿を持ちながら、一旦、撮影現場から離れると一般人のようにスッとオーラを消してしまったという。本木監督はそこに松坂との共通項があると語る。

 市川雷蔵の時代劇といえば、まず眠狂四郎という当たり役を思い出す人が多いはず。1963年公開の第1作『眠狂四郎 殺法帖』に始まる同剣豪を描くシリーズは1969年までに12作品を数える。『居眠り磐音』との共通項を探すなら、下段に始まる円月殺法となるだろうか。居眠りをしているように映る磐音の構えは円を描くことはないが、狂四郎はその幻惑的な動きで殺戮者たちを斬り倒し、やがて妖しい雰囲気をもおのれに漂わせる。濃厚にして異様。磐音の健康的なまでの刃筋とはおよそ正反対だ。

 一途な剣士役ということでは、三隅研次監督と組んだ「剣」三部作が麗しい。大学の剣道部を描く『剣』(1964)はさておき、薄幸の剣士ということでは『斬る』(1962)が切ない。最終作『剣鬼』(1965)も哀しい人生を歩む剣豪の物語だが、足が異様に速いという個性が群を抜いて奇抜。馬をも駆け抜く韋駄天場面には、ラストの大立ち回りと同じくらい驚かされるだろう。

 怪談として名高い「番長皿屋敷」の物語を悲恋ものとして描いた『手討』(1963)には、磐音と奈緒のどうしようもない恋の顛末と重なる気分があるのではないだろうか。

 市川雷蔵作品と関係なく、長屋の浪人物語ということでは、是枝裕和監督、岡田准一主演の『花よりもなほ』(2006)が時代劇初心者にはなじみやすいかもしれない。喜劇味をたなびかせた作品で、父の仇討ちを考えている男が主人公。『居眠り磐音』の明和からさかのぼること70年以上、元禄時代の設定となる。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。