特集・コラム
映画のとびら
2020年7月22日
アルプススタンドのはしの方|映画のとびら #067
2017年に兵庫県立東播磨高等学校が第63回全国高等学校演劇大会で上演し、グランプリにあたる文部大臣賞を受賞。以来、全国の高校演劇部でリメイク&上演が繰り返される一方、2019年には浅草九劇で上演され、浅草ニューフェイス賞を受賞した同名人気戯曲の映画版。甲子園に母校の応援にやって来た男女生徒4人の心の交錯と回復を描く。浅草上演版の演出を務めた劇団献身の主宰・奥村徹也が映画用に脚本をまとめ、これまでにおよそ100本を数える作品を送り出してきた多作家、城定秀夫が監督を務めた。
夏の全国高等学校野球選手権大会、その一回戦が火ぶたを切った。埼玉県立東入間高等学校の応援席には、試合開始から間もなく、もたもたとアルプススタンドのはしの方へ歩いてくる女子生徒ふたりの姿が。演劇部の安田あすは(小野莉奈)と田宮ひかる(西本まりん)である。まるで野球のルールをわかっていない彼女たちの背後には学年トップクラスの成績を誇る帰宅部の眼鏡女子・宮下惠(中村守里)が試合の様子を眺めており、その前を元野球部の藤野富士夫(平井亜門)が迷った末に遅れて客席に入ってきた。演劇部の活動でしこりを残すあすはとひかるはどこかやりとりがぎこちなく、宮下は吹奏楽部の部長・久住智香(黒木ひかり)に学年トップの座を奪われたばかり。藤野は野球への未練がどうもぬぐい去れない様子。彼、彼女らにしてみれば、「大声で応援しろ」と詰め寄る英語教師・厚木修平(目次立樹)はただの暑苦しい存在だ。試合は強豪相手の劣勢ペース。最初は無駄話を繰り返し、応援もそこそこの体の4人だったが、やがてチームのエースや補欠部員の奮闘に心を動かされ、それぞれが抱える事情にも向き合っていく。
カメラが向けられるのは観客席と球場内の廊下のみ。グラウンドやスコアボードなどは一度も映ることなく、その限定されたフレーミングに単調な空気や苛立ちを覚えるようであれば、その時点でこの作品は前に進まない。逆に、限られた視野の中で登場人物たちが見せる表情、仕草で試合の模様を想像力豊かに弾ませ、感情の起伏を劇的に受け止められる向きにはこの上なく楽しく、ユニークな映画体験になるだろう。
原作となった戯曲の舞台版は未見だが、スタンド席のセットだけで繰り広げられた一幕ものと推測する。吹奏楽部・久住のくだりは舞台版の「台詞描写のみ」から新規場面追加へと変化したとはいえ、大枠でストレートな実写映画化としてよく、会話劇の弾み、カメラの動き、編集のリズムあたりが勝負の分かれ目だったろう。その点、城定秀夫の演出は、ほどよい寄り画、引き画の交錯の中で思春期の迷いと情熱を巧みにすくい上げ、総尺75分の会話劇を短くも長くも感じさせない。裏返せば、ギリギリの采配がそこにはあり、一歩間違えれば舞台版の視点をなぞるだけの凡作に陥るところであった。製作費の上限、視野の制限を逆手にとることで、城定は新鮮な映画的興奮を実験性豊かに切り取ることに成功している。低予算作品で数々の創意工夫を凝らしてきたであろうベテラン監督の経験値と筆致がにじんで胸が熱くなる。
会話劇という部分では、とりわけ若い俳優陣のこなれた芝居に思わずひざを打つだろう。小野莉奈、西本まりん、中村守里、目次立樹は舞台版からの連投とのことで、大半の呼吸は早くから整っていた格好か。一方、平井亜門、黒木ひかりは映画版からの新規参入だが、こちらも舞台組に引けを取ることなく、場面によっては作品に新風を吹かせるほどの輝きを見せている。いずれの若手も、現時点では一般的に知られるところではなく、それこそ「スタンドのはしの方」に位置する面々かもしれない。だが、彼らが劇中で放つ活力と存在感に物足りなさを覚える観客などひとりもいないのではないか。「中央」ばかりに目を向けることなかれ。みずみずしく、まぶしい輝きを放つ「はしの才能」は観客の発見のときを待っている。
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(C)2016 映画「青空エール」製作委員会 (C)河原和音/集英社
タイトル | 青空エール |
製作年 | 2016年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 126分 |
監督 | 三木孝浩 |
出演 | 土屋太鳳、竹内涼真、葉山奨之、堀井新太、小島藤子、松井愛莉、平祐奈、山田裕貴、志田未来、上野樹里 |
高校野球部の応援に尽力する少女の物語としてまず思い浮かぶのは、渡辺謙作監督、新垣結衣主演の『フレフレ少女』(2008)だろう。野球部のエースに恋心を抱いた結果、ひょんなことから応援部に入ることになってしまった女子高校生の青春奮闘劇。永山絢斗、柄本時生、染谷将太ら、今をときめく共演陣の若き姿を振り返る意味でもきっと目に楽しい一本だ。
野球部所属のボーイフレンドと甲子園に行く約束をする女子吹奏楽部員の物語『青空エール』(2016/三木孝浩監督)は、土屋太鳳の全力トランペット・ガールぶりが健気。ボーイフレンド役の竹内涼真共々、ドラマにさわやかな風を吹かせている。こちらもブレイク直前の松本穂香、平祐奈、山田裕貴らが脇を固めていて、俳優好きの映画ファンにはいろいろ発見が多いかも。
前田敦子が野球部のマネージャーを演じる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(2011)では、初々しい野村修平や川口春菜の姿が目に入るはず。松井愛莉がセラピストを演じる『癒しのこころみ ~自分を好きになる方法~』(2020)では、現役復帰に注力する元プロ野球選手(八木将康)をヒロインが観客席から慈愛をもって見つめた。
そもそも野球選手を主人公にした作品では、ヒーローを見つめる女性が常にスタンドにいる。
ケヴィン・コスナーが投手を演じる『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』(1999)には、先頃没したジョン・トラヴォルタの妻ケリー・プレストンのヒロインが輝き、同じくコスナーが捕手を演じた『さよならゲーム』(1988)では、スーザン・サランドンがグラウンド外の「女房役」を貫禄豊かに好演。デニス・クエイド主演の『オールド・ルーキー』(2002)では、オーストラリア出身のレイチェル・グリフィスが妻を演じ、主人公のメジャー・リーグ史上最年長デビューを支えた。
ヒロインがスタンドではなく病室で同級生の応援を続ける『いちご同盟』(1997)は、難病に冒された少女役・岡本綾がとにかく泣かせる。岸部一徳の哀しみを抑えた父親役も胸に迫ってたまらないだろう。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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フレフレ少女 / 青空エール /
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら /
ラブ・オブ・ザ・ゲーム / オールド・ルーキー