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映画のとびら

2020年10月2日

オフィシャル・シークレット|映画のとびら #078

#078
オフィシャル・シークレット
全国公開中(10月3日より川崎市アートセンターにて公開)


Photo by: Nick Wall © Official Secrets Holdings, LLC
『オフィシャル・シークレット』レビュー
「間違った戦争」を糾弾する澄んだストイシズム

 イラク戦争をめぐる国家謀略を告発した英国女性諜報員の物語。戦争勃発直前、アメリカとイギリスの間で取り決められた陰謀の顛末が、関係者の取材に基づいてスリリングに描かれる。監督は『ツォツィ』(2005)で第78回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した俊英ギャヴィン・フッド。

 2003年1月31日、イギリスの政府通信本部(GCHQ)で中国語翻訳の業務に就いていたキャサリン・ガン(キーラ・ナイトレイ)は、米国家安全保障局(NSA)から届いた驚くべきメールの存在を知る。そこには、国連安全保障理事会の主だった代表への盗聴要請が記載されていたのだ。そんなイラクの大量破壊兵器所持を掲げて戦争を正当化しようとするアメリカの謀略を、もしマスコミが知ったらどういう対応をするのか。かねてよりイラク侵攻に肯定的なイギリス政府の態度に不快感を覚えていたキャサリンは、女性反戦活動家にメールのコピーを託して反応を見守ることにする。2週間後、コピーは「オブザーバー」紙の記者マーティン・ブライト(マット・スミス)に届き、メールの全文公開というキャサリンの想像を超えたスクープ記事に発展。続いてGCHQでは厳しい犯人捜しが始まるのであった。

 映画は2004年2月25日、キャサリンが公務秘密法に違反した罪状で中央刑事裁判所の法廷に立つ場面から始めている。ヒロインが訴追されることを提示した上で、そのいきさつを振り返っていくという構成であった。短い法廷場面から一転、すぐに時間軸が起訴から1年前の2003年1月31日へと戻される。キャサリンが夫ヤシャル(アダム・バクリ)との幸せな生活を送る一方、職場の諜報機関GCHQが盗聴を日常的に行っていることを紹介したかと思えば、NSAからGCHQに対してアンゴラ、カメルーン、チリ、ブルガリア、ギニアという国連加盟国代表の監視要請の極秘通信が読み上げられ、英米の諜報機関の連携(UKUSA協定)=戦争支持の絶対が説明される。ここまで約7分。さらに夫が移民者であることの状況説明と、女性活動家(マイアンナ・バーリング)の登場まで10分。2月3日の機密メールのプリントアウト持ち出しと投函までが16分。大変な速度と密度であり、この情報量について行くことができるかどうかが、観客にとっての最大の試練かもしれない。まさに機能性重視、なんとも「贅肉」の少ない筋肉質の作品。平たくいえば「濃い」映画である。時系列の表示も正確かつ明瞭で、頭をフル回転させることを怠りさえしなければ、そのジャーナリズム意識の高さにあっという間に引き込まれるだろう。

 諜報活動員という一見、007ばりに浮世離れした印象を与える主人公は、実のところ一介の公務員であり、わかりやすく言えば、そんな彼女がお役所の秘密を暴露してしまった話。どうしても政治サスペンスの色合いが強くなるが、主人公が市民のひとりである以上、一般目線が全くないわけではない。機密漏洩が発覚した後、ヒロインは国家権力に翻弄される。夫がクルド系トルコ人のムスリムであったことがアキレス腱となり、秘密裏に引き離されそうになるのだ。夫婦の設定などはできすぎのように映るが、これも事実であり、主人公の「勇み足」が思わぬ別離の危機を招くというあたりの描写は自ずと共感を呼ぶのではないか。記事にメール内容が全文掲載されたときのヒロインのショックも大衆的である。のちに彼女は「戦争を阻止したかった」との旨を掲げるが、最初から知的な正義感だったわけではない。むしろ浅知恵で、もろい。恥ずかしいほどに動揺する。一時の感情で突っ走った結果、世論を巻き込む裁判を引き起こすことになった。縁遠い事態に映るかもしれないが、立場、状況を置き換えれば、決して他人事ではない。

 個人的には、新聞社で起きる「校正事件」に身近な恐怖を覚える同作品は、細部にまで事実を追求する目が行き届いた再現劇として、やはりりりしい。安易なメロドラマにも淡泊な状況描写にも陥らず、丹念かつ冷静に情報を積み重ね、「間違った戦争」を糾弾していく。澄んだストイシズムというべきか。「国家機密」という題名を堂々と冠した部分を含め、『ツォツィ』の演出家ならではの鮮やかな手際がここにある。

 女性としての強さ、弱さをきめ細かく見せるキーラ・ナイトレイはもとより、ヒロインを守る人権派弁護士にレイフ・ファインズがまたドラマの後半部でさすがの存在感を見せて頼もしい。いたずらな感傷に溺れない語り口、映像が、俳優陣の魅力を一層、際立たせた。

 全国公開中(10/3より川崎市アートセンター、10/17よりあつぎのえいがかんkikiにて公開)
原題::Official Secrets / 製作年:2018年 / 製作国:イギリス / 上映時間:112分 / 配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES / 監督:ギャヴィン・フッド / 出演:キーラ・ナイトレイ、マット・スミス、マシュー・グード AND レイフ・ファインズ
公式サイトはこちら

 

あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C) 1976 Warner Bros. and Wildwood Enterprises Inc. All rights reserved.
DRAMAMYSTERY
タイトル 大統領の陰謀
(原題:All the President’s Men)
製作年 1976年
製作国 アメリカ
上映時間 138分
監督 アラン・J・パクラ
出演 ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマン、ジェーソン・ロバ―ズ

イラク戦争とジャーナリストたち

 イラク戦争の欺瞞を告発した映画といえば、最近ではロブ・ライナー監督の『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2017)もある。こちらはアメリカのジャーナリストたちが活躍する物語。当時の政府の内幕を知るならアダム・マッケイ監督、クリスチャン・ベール主演の『バイス』(2018)が参考になる。

 イラク戦争の現場を描いた作品では、ポール・グリーングラス監督、マット・デイモン主演の『グリーン・ゾーン』(2010)、キャスリン・ビグロー監督、ジェレミー・レナー主演の『ハート・ロッカー』(2008)、ダグ・リーマン監督の『ザ・ウォール』(2017)あたりが見応えたっぷり。

 新聞記者たちが政府の謀略を告発した映画となれば、アラン・J・パクラ監督、ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマン主演の『大統領の陰謀』(1976)が代表格。その前日譚ともいうべきワシントン・ポストの物語がスティーヴン・スピルバーグ監督、メリル・ストリープ、トム・ハンクス主演の『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』(2017)で、こちらも仕上がりには素晴らしいものがある。

 キャサリンの告発にもかかわらず、イギリス軍も参戦したイラク戦争は2003年3月20日に勃発。数十万に及ぶイラク人の死者を出しながら、アメリカが唱えた大量破壊兵器はついに発見されなかった。バラク・オバマによる戦争終結宣言が出されたのは2010年8月31日、アメリカ軍の撤退が完了したのは2011年12月14日のことである。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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